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いつの間にやら毎日更新。着物と猫と料理と映画&芝居&ライブ・ときどき旅をメインに、日々の記録を積み重ねています。
嫌嫌モード。
2020年11月26日 (木) | 編集 |
だめだー。
色んなコトが嫌になっている。
草臥れすぎたよ。もう嫌だ。

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だーめかーもよー。
2020年11月03日 (火) | 編集 |
落ちてるなぁ。
今日はひたすら寝ていた。ここまでで11時間寝ているそうだ。
日頃4時間睡眠がデフォルトの私としては、とんでもない睡眠量。
米津さんに告られてお付き合いする夢をみたー。わーいわーい。
…バカだねぇ。
昨日「ティーチャーティーチャー」がピンとこなかったのは、明るくてポップな曲だったからかな。
今日はこの曲の気分だすー。
●生きてゆくのに心は うたった【島爺】

はー。
なんか、だめかもよ~。

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前提。
2020年10月01日 (木) | 編集 |
私は嫌われて当然なのだから、
嫌われないためには、努力しなければいけない。
頑張らなければいけない
我慢しなければいけない。
ましてや他人に迷惑をかけることなど、あってはならない。
ひと様の期待を最大限に汲み取って、瞬時に対応し、かつ見返りを求めてはならない。
それが底辺の人間の取るべき行動なのだ。

例え会ったことのない相手であっても、
悪意のある言葉はすぐにわかるものだ。
即、謝罪し、和解し、平常を取り戻すべし。
悪いのは、間違いなく私なのだから。
悪意のある言葉を吐かせてしまった原因は、きっと私にあるのだから。

私じゃない誰かに対する悪意であっても、
明確に私に向けてじゃないと分かっていても、
ソワソワして、ドキドキして、落ち着かなくなる。
悪意を向けられた人! あなただよ! あなたに言ってるんだよ?
頼む、謝ってー、和解してー、平常を取り戻してー。
と私は思うけど、当人は気づいているのかいないのか、まったく対応しなかったりする。
…すごいな、怖くないのかな? って思う。
私だったら、恐ろしくてたまらないのに。

あれほど近かったのに疎遠になったのも、
私が悪かったんだと思う。しくじってしまったのだと思う。
嫌われて然るべき人間のくせに、驕ってしまったのだと思う。
下手くそなくせに甘えてしまった。
距離感を間違えてしまった。
本来の自分を忘れてしまった。
うっかり自己を過信してしまった。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
不快な思いをさせてしまって、ごめんなさい。

生まれてきて、ごめんなさい。
生き続けていて、ごめんなさい。
生活圏に存在していて、ごめんなさい。
存在自体が、ごめんなさい。

いつも「それに引き換え」てしまう。
「◯◯さんはこんなに素晴らしい。それに引き換え私ときたら」
私のそんな下卑た言葉に、親友は「ん?引き換えなくていいと思うぞ」と言ってくれた。
有難う、有難う、有難う。やっぱりお前さんは素敵すぎる。
それに引き換え私は。

ずっと引き換えられてきたんだ。
おねーちゃんや、おにーちゃんや、隣の◯◯ちゃんや、友達の◯◯ちゃんや。
そしてその度に劣等感を植え付けられてきたんだ。
引き換えるのが癖になってしまっている。

…久しぶりに、言葉を垂れ流してしまった。
ネガティブ・ワード満載。まったく、これだから私ってヤツは……
コメント欄、クローズします。

不調。
2020年06月28日 (日) | 編集 |
IMG_0397_20200628205539cee.jpg
「生きていくうえでは、
自己肯定感高い方がたぶん生きやすいと思うし、
ポジティブな方が行動的でいいと思うし、
ナルシストぐらいの方が生きるのも楽だろうし、
そっちの方が合理的やなぁ、とは思うんですけど。
かといって、自己肯定感低いとかネガティブだとか
あんまり自信がないんですよねぇーとかっていうようなことでも、
じゃあ『アカン』のかということではないと思うんですよね。
生きていく上でそっちの方が楽や、自己肯定感高い方が楽やとは思うんですけど、
そっちが『良い状態』で、自己肯定感低い方が『悪い状態』とは別に思わないんです、ボクは。
そんなもん、人それぞれやろと思うんで。
なので、概念として『そういうような楽な生き方もあるんやな、そっちの方に行きたいな』
と思うことっていうのはぜんぜんありなんですけど。
少なくとも…
べにおさんとかも学校のセンセーでいらっしゃいますしね、学校の生徒さんとかにそういうことを強いてはいかんと思うんですよ。
『自己肯定感高く育ちましょう』とかね、『もっと自信満々になるように』とかさ。
そういうことじゃなくて、
自己肯定感高かろうが低かろうが、大雑把であろうが繊細であろうが、
どんな人間であっても生きていく場所はありますよ、っていうことを示すのがセンセーだと思うんで。
ボクら大人は、そういう社会を作っていかなあかんと思うんで。
そこだけは、気をつけねばいけないなと思いますね」(6/24のしゃべじじより)

自己肯定感が低くてもいい、ネガティブでもいい。
と言われて、自分を苛めてばかりの私は救われた気がしたのだけど、
じぃちゃんの後半の言葉で、「あれ? 私、『自己肯定感は高くあるべき!』『ポジティブであるべき!』って生徒に指導しているように思われてる???」と思ったら、それが気になって仕方ない。
自分を棚に上げてそんな指導、できるわけないじゃん。こんだけ自己肯定感低い人間が。
…いや、でも憧れがあるから、言葉の端々にそういうのが出ちゃっていたのかなー?
じぃちゃんに戒められたのかしら、私。

なんか、つかれちゃったなーーーーー。不調です。
明日からの1週間は、担任業代行がフルで入っている。保護者会まであるし。絶対キツイ。
始まる前から憂鬱だ………。
脳みそが停止して、また動けなくなっている。
あーもうそろそろ薬を飲まないとダメかなー。休校中は断薬できてたんだけどな。
つくづく、私この仕事向いてないんじゃないかと思う。技能としては向いていても、精神的に向いてない。
家にこもって、料理したり手芸したり音楽聴いたりして過ごしたい。

<今日のおまけ>
ここ数日、無限リピートして聴いている。
●アボカド歌ってみたのはメガテラ・ゼロ

今の気分には、これが合ってる。

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今年の誕生日に思うこと。
2020年06月25日 (木) | 編集 |
6月25日は、私の誕生日だ。
そしてさらに、父の命日でもある。
まったく、よりによって娘の誕生日に逝かなくたっていいのに!と父を恨むが、
おかげで一生、父の命日を忘れることはなくなった。
そんなわけで、誕生日と命日が重なったこの日は、毎年「生と死」について考えてしまう日である。

なんで生きてんだろうってすげえ思う。
そう思うってことは、生きているのがシンドイのだ。
脳みその調子が悪くなると、ぐるぐると止めどなく自分をいじめてしまう。
自分は嫌われて当然のサイテーな人間で、生きているだけで申し訳ない。
周りに迷惑をかけるばかりだから、いっそ消えてしまった方がいい。
いや、どうか消えさせてくれ。この苦行から、逃れさせてくれ。
なぜいつまでも生かしておく?
なんで いなくなりたいと願う私が生かされていて、
ちゃんと家族を作って周りからも愛された友や、
これからの未来を待ち望んでいた まだ若い教え子や、
人間的な魅力に満ちた恩師たちが、先に逝ってしまうのか。
そういえば父もまた、地元の患者さんたちに愛された歯科医師であり、学生に慕われた大学講師だった。
なのに、早々と逝ってしまった。たくさんの人に悲しまれた。
どうして彼らは死に、私は生きているのか。
私が生きていることに、意味はあるのか。

「人生に意味なんてありません。『生き甲斐』なんてペテンです。」
…と言ったのは、哲学者のひろさちやだ。
きっとそうなんだろう。生まれたから生きている、それだけで十分なのだろう。
生まれたついでに生きる、それくらいが丁度良いのだろうと思う。
我が家の猫たちを見ても、ついでで生きてる感しかない。
彼らは生きてるから生きてるだけで、旅立つときもまたそれを素直に受け入れている。
あっぱれ。猫たちからは、学ぶことばかりだ。
生きるということは、自分の意思でどうこうできるものではないのかもしれない。
死のうとして死ねなくて、バカみたいに笑いながら泣いた朝。
生きているのではなく、何かに生かされているのだと思った。

いつ死んでも構わない、今すぐに消えても構わない、と思っているくせに
料理をし、食事をし、明日の用意をして、寝ている。
トイレットペーパーやシャンプーの在庫がなくならないように、買い物に行く。
数ヶ月先のライブチケットを申し込んだりする。
日々の活動は、すべて「生きているはずの明日」に向けてのことばかり。
まったくもって、奇妙なものだ。
だけど、
美味しく料理できて「また作ろう!」と思ったり、
生徒と授業でバカ話をして大笑いし「次もこうやろう!」と思ったり、
素敵な音楽を聴いて「もっと聴きたい!」と思ったりする瞬間は、とても愛おしく感じる。

しゃべじじ(=島爺さんの生ラジオ)の最後に「また来週まで生き延びましょう」と言われると、毎回ほっとする。
あと何十年も生きなければいけない、と考えると憂鬱で息苦しくなるが、
ひとまずあと1週間生きてよう、と考えると生きるのが少し楽になるからだ。
その積み重ねで、結果として長生きしてしまうのだったら、生きることは苦行でなくなるかもしれない。

毎年誕生日には憂鬱な気分になって体調を崩す。今年は少しマシな方だ。
それでも、先に書いたようにアレコレ思考を巡らしてしまうのは変わらないが(笑)。
思春期の中高生のように、いまだに青臭いことで悩んでいるわ。やれやれ。
ひとまず、また年をとった。私はまだ生きている。

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