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不定期更新のつもりが毎日更新。着物と猫と料理と映画&芝居をメインに、日々の記録を積み重ねています。
そういうこと。
2019年02月04日 (月) | 編集 |
昨日の疲れもあり、二度寝をして午前9時に起床。
●朝食。ワンタンの卵とじ。
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半衿付けを2枚やったら、もう家を出る時間になった。
手術の待ち時間に時間つぶしできるもの(教科書、ノート、iPad)を持参し、病院へ向かう。
ナースステーションに声をかけると、「あ、お母さまが今朝発熱しまして、手術は延期になりました」と看護師さん。え? そうなの?
「お兄さんには連絡をしたんですけど…」 アニキーーーー こっちにも教えてくれよっ!
手術の立ち会いがないならこのまま帰ろうかと思ったのだけど、面会届けとやらにうっかり署名してしまったため、母親の病室に行く。
…え、こんなに老けてたっけ。こんなに小さかったっけ。痩せてたっけ。
なんだか、顔を合わせなかった4年の間に、母親はすっかりしぼんで老人になっていた。
私のイメージの中の毒親モンスターが、こんな姿になっていようとは。
向かう車の中でどう考えれば母親からのダメージを最小限にできるだろうかと思案していたが、彼女の姿を見たとたん心に湧いたのは同情と憐憫の情だった。
目の前にいるのは、私を愛してくれない母親ではなく、年老いた可哀想な老人。
「おねえちゃん、着付け教室でもやればいいのに。上手だし、対面で人と会話するのが得意なんだから」
「おねえちゃん、晴れ着をぜんぶもってっちゃった(笑)。今はタンスしか残ってないのよ」
「おねえちゃん、ちゃんと食べてるかしら」
「M(孫。姉の娘)は卒業のときに、なんか賞をもらってねぇ」
「Mの部屋は今もきれいにしてるのよ」
私を目の前にして、あいかわらず姉と姪の話ばかりをする母。
私については、話すネタがないんだろうな。
彼女のあたまに私はいない。つまり、そういうことなんだろう。
頻繁に私の名前を姪と間違えるし(笑)。
そうか、存在しない娘が愛されたいと思うこと自体、滑稽なことだったんだ。やっと分かったよ。
ついに姉と姪のネタもなくなったのか、
「…じゃ、元気でいてね」
と口にしたのをきっかけに、病室をあとにした。
あの人は私と関係ない、可哀想な老人。そう思えば、腹も立たない。哀しくもない。
そういうことだ。

●夕食ワンプレート。ごま豆腐、豚肉の味噌漬け焼、ホタテのマリネ。
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●豆腐とワカメの味噌汁。ダシは煮干し。
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手術は木曜日に延期された。
ただ、その日は仕事も会議もあるし、私は行けない。
アニキに任す。

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王様の耳はロバの耳。
2019年01月08日 (火) | 編集 |
思い出すのも不快だから、このまま記憶の底へ葬り去るつもりだったのだけど、
草臥れたりすると底からムクムク立ち上っては脳みそをじわじわいたぶるから、
腹の中で腐ってしまう前に吐き出す。

1週間前、元日の朝(つまりは元旦ですな)のこと。
電話が鳴った。家事の途中だったので無視して、あとでナンバーディスプレイを見ると母だった。
うげー出なくてよかった。と思ったら、また電話。母から。
なんだ一体? 年賀状出したから、新年の挨拶か? 私という存在を急に思い出したのか? 正月くらい帰って来いとでも?
あーーーーーーー、面倒くさい。絶対会いたくない。話したくない。
しかし、もしぶっ倒れて助けを求める電話だったら? 私が電話を取らなかったことで死んだりしたら寝覚めが悪い。
仕方ない、こっちからかけることにした。
私:「もしもし、べにおだけど…」
母:「あのね、M(私の姪。母の孫)がね、メールをくれたんだけど、私メールのやり方忘れちゃってウッカリ消しちゃったの。それでMに電話したんだけど、怒らせちゃったのか何度かけても出てくれなくて。Mに私からの電話に出てくれるよう、言ってくれない?」
機関銃のようにまくし立てた。
私:「…わかった」と電話を切り、姪にLINEした。

4年ぶりか? 母と喋ったの。
4年ぶりで、元旦で、「元気?」でもなければ「あけましておめでとう」でもない。
そもそも「私」への電話ですらない(苦笑)。
いったん腹が立った後、情けなくなって、「所詮、そんなもんだよなー」と自分が先に考えたことを思い出して恥ずかしくなった。あの母に、何を期待しちゃってたんだ、あたしゃ。
やっぱり私はナンバーワンにはなれないんだな、いつまでたっても。
そう再確認させられた今年の元旦。
新年早々、ゲンが悪いぜ。

改めて、彼女の葬式までもう会うまいと誓った。

毒です。毒を吐き出しただけです。
コメント欄クローズします。

米津玄師と『こころ』と私と。
2018年12月26日 (水) | 編集 |
米津さん、紅白出るんですなぁ。朝からびっくりさ。
でも、出場する理由をきっちりと真摯な言葉でツイートしてくれて…ああ、米津さんらしいな、だったら納得って思ったさー。
いつもは決して観ない紅白だが、今年は観ます(笑)。

さて、無事旅から帰ってまいりました。
旅先で夏目漱石『こころ』を半分まで読み、旅の行き帰りは車内で米津玄師をガンガン流し、渋滞にはまって歌詞をしみじみと聴いていたら…あれこれと思うところがありましてね。
「物言はぬは腹ふくるるわざなり」と兼好法師も言っていることですし、以下、垂れ流します。
ひたすらぐるぐるしていますので、ご不快に思われる方はスルーしてください。

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愛されたいと願うのは分に過ぎる気がして、愛されなくて当然だと思い込むことで愛されない自分を保つことができた。
その習い性がすっかり染み付いて変えられない。
自分は嫌われて当然の存在で、ここに居るためには何らかの付加価値をアピールしなければいけない。
つまり、人の役に立つとか、人に快楽をもたらすとか、人の慰めになるとか、人に労力を提供するとか、人に肉体を提供するとか、人に物を差し出すとか、人に自分の時間を切り売りするとか。
自分を犠牲にして何かを提供することで、はじめて私はマイナスの存在からゼロレベルまで浮上できる。
だから、人の何倍も努力しなければならない、人の何倍も頑張らなければならない、常に人の顔色を見て、人の期待することを察知して、人の要望に応えて、ここに居てもいいという許可を得なければならない。
行動だけでなく、発言にも気をつけなければ。
人から良く思われよう、人から反感を買わないようにしよう、人に嫌われないようにしよう…。
そうやって、言葉をチョイスして「大丈夫だった? これで間違ってなかった? 怒ってない? 不快になってない? 嫌ってない?」と確認をする。
…なんと俗で下卑ていることよ。
人がどう思うかではなく、自分がこう思うから。
人が心地よくいられるためにではなく、自分が心地よくいるために。
そういう言葉を発している人を見ると、私は他人事なのにドキドキハラハラし、羨ましいと思い、我が身と引き比べて自己嫌悪に陥る。
米津さんは今注目の的だから、いろんな場面で彼の行動や発言をメディアがとりあげている。その中には中傷や悪意を感じるものも含まれている。
いちファンとしてそういうものを目にすると、米津さん大丈夫かなー、炎上したりしないかなー、と心配になったりもするのだが、彼は思いがけない発言でそれらをスラリとかわしていく。すごいなと思う。オトナだなと思う。
その背景には、きっと沢山の思いがあって、これまでにもそういう目に沢山あってきて、でもそれらから逃げずに対峙していくことで培われた「吟味された言葉」たちなのだと思う。
それにひきかえ、自分はどうだろう。いつまでも同じ所で足踏みをして、いつまでたっても中学生レベルの脳みそのままだ。
いまだに思春期のような青臭いことを折に触れてはぐるぐると考え、落ち込み、脳みそを薄暗くしている。
米津さんにも同じような時期はあったと推察されるが、彼はすでにその時は卒業したようだ。
そして私は、27歳の青年が紡ぎ出す言葉たちに、癒やされ、涙し、心を躍らしている。
年齢じゃないんだなー、と思う。彼は私より、まったくもってオトナだ。
そしていつまでたっても私はオトナになれない。この人生は失敗だったんじゃないかと感じる。

『こころ』、あとは「先生の遺書」を残すのみとなった。
読み出したら面白くて、あっという間に半分まで読んでしまった。夏目漱石、畏るべし。
ちゃんと最後までは読んでいないが、気になってラストだけちょこっと読んだ。
そこで思ったこと。
なんだって「先生」は「私」にあんなに長い遺書を残したのだろう?
ずっとひた隠しにしてきた「Kの自殺」についての自伝的告白を、なぜ「私」にしたのか。
こう疑問を持った時に思ったのが、「…最後に大告白をして、自分だけスッキリして自殺したんだったら嫌だな」ということだった。
だとしたら、私は「先生」を軽蔑する。それじゃまるで、私みたいな思考じゃないか。
たしかに「私」は「先生」の過去さえも知りたがっていた。そして「先生」は、いつか教えると約束していた。
じゃあ、約束を守ったってこと…?
だけどなぁー、あんなヘヴィーな手紙を受け取った「私」が「ああ、『先生』は最後に約束を守ってくだすった!」と喜ぶとはとても思えない。負担だろ、どう考えても。しかも「妻には決して言わないでくれ」という駄目押しつき。
自分がずっと抱えてきた「誰にも言えない秘密」という呪いを、「先生」は「私」に託して勝手に死んでしまったのだ。
非道い話じゃね? ちょっと考えれば、「私」の抱えるであろう負担が分かるだろうに。あんまりだろー。
それとも、「人間」を誰も信じることができなかった「先生」が最後の最後に「私」に遺書を託すことで、「私」という人間を信じることができた…ということを示したかったのか…? ってことは、あれはハッピーエンドなのか?
とアレコレ考えたのだが、ここでふと思った。
もしかして、「先生」は自分が書きたかったから書いた、語りたかったから語った、ただそれだけだったんじゃないか?
だとしたら…ああ、ここにも自分が言いたいことを言っている人がいた。
受け取った相手がどう思うかとか、その後相手はどうなるのかとか、そういったことは問題じゃなくて、自分がしたいことをする。
そういうことなのかなぁ…。

かつてのコイビトに「他人がどう思うかなんて、どうでもいいじゃん」と言われたことがある。
当時「えええっ? そういうもの???」と思ったし、今でも「うーーーーん、そうなんだろう、けど、なぁ…」と思う。
自分の存在を認めるためには、他人に評価してもらうしかないのだ。私の場合。
他人からどう思われるのかが全てなのだ。
そうしたら、先日Facebookで教え子が似たようなことを書いていた。「今までそう思っていたけど、ようやく違うって分かった」
そうか、おまえさんはもう分かったのか! すげーな、レベルアップだな!
…私、いまだに分かんないよ。いまだに他人からどう思われるかばかりだよ…。
米津さんもそうだけど、若人たちは私が足踏みしているサークルを気がつけば卒業してオトナになっているようだ。

自分で自分を愛することができたら、『こころ』にある「淋(さむ)しい人」にはならずにいられるのだろう。
というか、愛するってどうやるの? 自分を犠牲にしなくても、愛することってできるの?
人を信じるってどうやるの? ずっと信じ続けるコトなんてできるの? それが「愛」ってことなの?
…ほら、また中学生みたいな疑問を投げかけてる。
猫たちと暮らして、「愛しい」という気持ちは学習してきた気がする。「信じる」気持ちもボチボチと。
でも、対ヒトについては…学習できねんだよなぁー。どうしても疑念が湧いてくるんだ。
大好きな友達でも、大切な人であればあるほど、「嫌われたらどうしよう。見捨てられたらどうしよう。いや、ヘタこいたら見捨てられるに違いない。だって、私は人でなしだから」と思ってしまうんだ。
「なんでそんなこと言うの? そんなことばかり言ってると、べにおがそういう人だって思われちゃうよ!」
そういう人=友人を嫌って見捨ててしまうような人、である。
上記のセリフを最後に、私から離れていった友がいる。大好きで大切だったのに、疑う心が彼女を傷つけた。
淋しい人。それが私だ。

自分に厳しい人は他人にも厳しい。自分に厳しく他人に優しいなんて、あり得ない。
自分に厳しい人は我慢をしている。だから我慢しない他人を許せない。
「なんで私ばっかり…!」という不満を常に抱えている。
合唱祭や芸術鑑賞会が終わる度に私の脳みそが壊れるのは、そういうことなのだ。
自分に厳しくあちこちに気をつかって業務を完遂しようと頑張りすぎて、自分と同様に動かない周囲にいらだちを覚える。
それを無理やり押さえ込みながら笑顔をつくって仕事をこなすから、脳みそがキャパオーバーになってショートする。
自分に甘く、てきとーに、いいかげんに仕事をすればいいのだ。そうすれば周囲にもいらだたない。キャパオーバーにもならない。ショートもしない。
わかってる。でも、それが私にはできない。
行き着く先は、「自分を愛せない」これに尽きる。

こうやってぐるぐる思考して書いていること自体、「脳みそ病患者だからこんなこと考えるんじゃないか?」「健全な精神をもっている人だったら、こんなこと考えないんじゃないか?」と疑いながらである。
私は私の人生しか生きたことがないから、こういう思考をするのが当たり前のことなのだが、どうやらこういう思考をするのはマイノリティーらしい。こんなに頻繁に脳みそがぐるぐるすることは、一般の人はないようだから。
とすると、私がツライのは私自身に問題があるからだということになる。
欠陥品なのかなー、と思う。なーんでこんな欠陥品が生かされているのかなー。
「人生に意味なんてありません。生まれたついでに生きている、ただそれだけです。」と言ったのはひろさちやだったか。
ついでに生きるには、シンドイっすよ。修行で苦行っすよ。

梶井基次郎の「檸檬」を授業でやって、最後に生徒に文章を書かせた時「理屈で説明されるほど、初読で感じた感覚が鈍くされる気がして合点がいかなかった」という感想を述べている者がいた。
うん、分かる。「文章は理解できないけど、なんだか魅力的」で、いいんだよ、読書なんて。
ただ「なんか魅力的」を他人と共有するためには、時に理屈が必要になるんだ。
なんか好き、なんかいい、なんか素敵…自分の感覚で味わうだけならそれでいい。
でも誰かとその感覚を共有するためには、誰かと通じ合う「言葉」で分かって貰わなければならない。
そのためには、小難しい話をしたり、何かから引用したり、似たような例示をしてみたり、…そういった努力が必要になる。
それが解釈ってもんなんだと思う。
梶井基次郎は自分の感じたものをなるべくビタッとくる言葉で表現しようとした、のだと思う。
米津さんの歌詞なんかも、そうなんじゃないかなと思う。難解だけど(笑)。
もやもやとした自分にしか分からない感覚を、言葉を使って表現する…文学って、そういうもんだろう。
でも自分の感覚を表すだけでなく、その中には「分かってほしい」という想いが、たしかにある。そうでなければ、誰も読まない日記に記すだけでいい。世間に発信するからには、読んで欲しい、分かってほしいという気持ちがあるはずである。
だから言葉のチョイスには、自然「分かってほしい」想いが反映されると私は思う。
それを拾い集めて解釈するのが、国語の授業なのかもしれない。

…なんか、だんだん何を書いているのか分からなくなってきたが、このぐだぐだした文章も私なりに「分かってほしい」という想いでチョイスした言葉たちで埋められたものなのだろう。
『こころ』で「先生」が、あれだけ長文の遺書を書いているのを見て、じゃー私も長文書いてもいいかな?と思って書いてみた。
『こころ』を読んだことで心が揺さぶられたんだな、こりゃ。単純なり。
まとまりもオチもない文章で、お目汚しいたしました。以上で終わります。

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嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ…。
2018年12月14日 (金) | 編集 |
今日のコーデ。最高気温:10.3度(湿度:26%)、天気:晴れ。
とーさんの真綿系紬単衣、ばーちゃんのゴブラン織りっぽい帯、黒地に猫柄帯揚げ、黒と緑とオレンジの帯締め、黒地に白猫刺繍の半衿、福助の足袋っくす。
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下は麻の二部式襦袢、エアリズムTシャツ、エアリズムステテコ、レッグウォーマー。
今日は羽織を着たかったので、着物は単衣にした。
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羽裏が、とーさんの襦袢なのだ。
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えらく久しぶりの男前羽織。
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全身写真が撮れないのが残念だ。
昨日から脳調がよろしくない感じだったのでね、ばーちゃんやとーさんの着物パワーで守って貰いたかったのだ。
でも、やっぱ壊れた。
合唱祭も芸術鑑賞会も、運営側になってしまうと私は毎回脳みそが壊れる。
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わかってんだ。過剰に責任を感じて、あちこちに気をつかって、神経を張り詰めて、そんで過剰なストレスを抱えてしまう。
所詮は、自分のせいなのだ。
帰宅して1時間ぐらい泣いて、薬を飲んで酒を飲んでいる。
この脳みその暴走を誰か止めてくれ。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
消えたい消えたい消えたい消えたい消えたい消えたい。
終わらせたい終わらせたい終わらせたい終わらせたい終わらせたい。
なんでストレスがかかって脳が壊れると、自分を痛め付けたくなるんだろう。
破壊衝動を抑えるために、酒で脳を鈍麻させる。
止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ…!

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すでに気が重い。
2018年12月13日 (木) | 編集 |
今日のコーデ。最高気温:9.8度(湿度:38%)、天気:晴れ?曇り?
紺地に緑の格子柄会津木綿単衣、サイケな茶色帯、卵焼きの帯揚げ、鮮やか緑の帯締め、灰色地にシャム猫柄刺繍の半衿、灰色地に猫の足袋っくす。
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下は麻の二部式襦袢、エアリズムTシャツ、エアリズムステテコ。
なんだか今日は木綿の気分だった。

●夕食。鶏のレモンペッパー焼き(スーパーの味付き肉)、豚肉と大根の煮物。
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明日は芸術鑑賞会。
自分の担当している行事なので、気が休まらない。
来年度はこの仕事から外してもらえないかなー。シンドイ。
今日からすでに気が重い…。脳みそ薬を追加して、寝るか。

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