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いつの間にやら毎日更新。着物と猫と料理と映画&芝居&ライブ・ときどき旅をメインに、日々の記録を積み重ねています。
不調。
2020年06月28日 (日) | 編集 |
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「生きていくうえでは、
自己肯定感高い方がたぶん生きやすいと思うし、
ポジティブな方が行動的でいいと思うし、
ナルシストぐらいの方が生きるのも楽だろうし、
そっちの方が合理的やなぁ、とは思うんですけど。
かといって、自己肯定感低いとかネガティブだとか
あんまり自信がないんですよねぇーとかっていうようなことでも、
じゃあ『アカン』のかということではないと思うんですよね。
生きていく上でそっちの方が楽や、自己肯定感高い方が楽やとは思うんですけど、
そっちが『良い状態』で、自己肯定感低い方が『悪い状態』とは別に思わないんです、ボクは。
そんなもん、人それぞれやろと思うんで。
なので、概念として『そういうような楽な生き方もあるんやな、そっちの方に行きたいな』
と思うことっていうのはぜんぜんありなんですけど。
少なくとも…
べにおさんとかも学校のセンセーでいらっしゃいますしね、学校の生徒さんとかにそういうことを強いてはいかんと思うんですよ。
『自己肯定感高く育ちましょう』とかね、『もっと自信満々になるように』とかさ。
そういうことじゃなくて、
自己肯定感高かろうが低かろうが、大雑把であろうが繊細であろうが、
どんな人間であっても生きていく場所はありますよ、っていうことを示すのがセンセーだと思うんで。
ボクら大人は、そういう社会を作っていかなあかんと思うんで。
そこだけは、気をつけねばいけないなと思いますね」(6/24のしゃべじじより)

自己肯定感が低くてもいい、ネガティブでもいい。
と言われて、自分を苛めてばかりの私は救われた気がしたのだけど、
じぃちゃんの後半の言葉で、「あれ? 私、『自己肯定感は高くあるべき!』『ポジティブであるべき!』って生徒に指導しているように思われてる???」と思ったら、それが気になって仕方ない。
自分を棚に上げてそんな指導、できるわけないじゃん。こんだけ自己肯定感低い人間が。
…いや、でも憧れがあるから、言葉の端々にそういうのが出ちゃっていたのかなー?
じぃちゃんに戒められたのかしら、私。

なんか、つかれちゃったなーーーーー。不調です。
明日からの1週間は、担任業代行がフルで入っている。保護者会まであるし。絶対キツイ。
始まる前から憂鬱だ………。
脳みそが停止して、また動けなくなっている。
あーもうそろそろ薬を飲まないとダメかなー。休校中は断薬できてたんだけどな。
つくづく、私この仕事向いてないんじゃないかと思う。技能としては向いていても、精神的に向いてない。
家にこもって、料理したり手芸したり音楽聴いたりして過ごしたい。

<今日のおまけ>
ここ数日、無限リピートして聴いている。
●アボカド歌ってみたのはメガテラ・ゼロ

今の気分には、これが合ってる。

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今年の誕生日に思うこと。
2020年06月25日 (木) | 編集 |
6月25日は、私の誕生日だ。
そしてさらに、父の命日でもある。
まったく、よりによって娘の誕生日に逝かなくたっていいのに!と父を恨むが、
おかげで一生、父の命日を忘れることはなくなった。
そんなわけで、誕生日と命日が重なったこの日は、毎年「生と死」について考えてしまう日である。

なんで生きてんだろうってすげえ思う。
そう思うってことは、生きているのがシンドイのだ。
脳みその調子が悪くなると、ぐるぐると止めどなく自分をいじめてしまう。
自分は嫌われて当然のサイテーな人間で、生きているだけで申し訳ない。
周りに迷惑をかけるばかりだから、いっそ消えてしまった方がいい。
いや、どうか消えさせてくれ。この苦行から、逃れさせてくれ。
なぜいつまでも生かしておく?
なんで いなくなりたいと願う私が生かされていて、
ちゃんと家族を作って周りからも愛された友や、
これからの未来を待ち望んでいた まだ若い教え子や、
人間的な魅力に満ちた恩師たちが、先に逝ってしまうのか。
そういえば父もまた、地元の患者さんたちに愛された歯科医師であり、学生に慕われた大学講師だった。
なのに、早々と逝ってしまった。たくさんの人に悲しまれた。
どうして彼らは死に、私は生きているのか。
私が生きていることに、意味はあるのか。

「人生に意味なんてありません。『生き甲斐』なんてペテンです。」
…と言ったのは、哲学者のひろさちやだ。
きっとそうなんだろう。生まれたから生きている、それだけで十分なのだろう。
生まれたついでに生きる、それくらいが丁度良いのだろうと思う。
我が家の猫たちを見ても、ついでで生きてる感しかない。
彼らは生きてるから生きてるだけで、旅立つときもまたそれを素直に受け入れている。
あっぱれ。猫たちからは、学ぶことばかりだ。
生きるということは、自分の意思でどうこうできるものではないのかもしれない。
死のうとして死ねなくて、バカみたいに笑いながら泣いた朝。
生きているのではなく、何かに生かされているのだと思った。

いつ死んでも構わない、今すぐに消えても構わない、と思っているくせに
料理をし、食事をし、明日の用意をして、寝ている。
トイレットペーパーやシャンプーの在庫がなくならないように、買い物に行く。
数ヶ月先のライブチケットを申し込んだりする。
日々の活動は、すべて「生きているはずの明日」に向けてのことばかり。
まったくもって、奇妙なものだ。
だけど、
美味しく料理できて「また作ろう!」と思ったり、
生徒と授業でバカ話をして大笑いし「次もこうやろう!」と思ったり、
素敵な音楽を聴いて「もっと聴きたい!」と思ったりする瞬間は、とても愛おしく感じる。

しゃべじじ(=島爺さんの生ラジオ)の最後に「また来週まで生き延びましょう」と言われると、毎回ほっとする。
あと何十年も生きなければいけない、と考えると憂鬱で息苦しくなるが、
ひとまずあと1週間生きてよう、と考えると生きるのが少し楽になるからだ。
その積み重ねで、結果として長生きしてしまうのだったら、生きることは苦行でなくなるかもしれない。

毎年誕生日には憂鬱な気分になって体調を崩す。今年は少しマシな方だ。
それでも、先に書いたようにアレコレ思考を巡らしてしまうのは変わらないが(笑)。
思春期の中高生のように、いまだに青臭いことで悩んでいるわ。やれやれ。
ひとまず、また年をとった。私はまだ生きている。

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なんにもない。
2020年03月22日 (日) | 編集 |
今日はなんにもしとりません。
浴衣縫い縫いもしとりません。
料理もしとりません。
シーツにゲーされたので、洗濯だけやりました。
なんにもしとりません。
自分を苛めてただけです。

コンプレックスしかない人間です。
なんにもない人間です。
キラキラしている人を見ては、羨んで妬んで卑下します。
大切な人を傷つけては、絶望し自責の念にかられ消えたくなります。
自分を傷つけるのは、ほかの誰でもない自分です。
何度も繰り返し、最もダメージを与える言葉を探しては、自分に斬りかかります。
馬鹿です。どうしようもない馬鹿です。
何が出来るから大丈夫ではなく、何が出来ないから駄目じゃなく、
存在していること自体が許せないのです。
嫌われること前提に付き合っているので、嫌われると辛くて悲しくて苦しくて…安心します。
何を間違ったんだろう、どこで失敗したんだろう、どうしてやらかしちまったんだろう。
でも絶対に、間違って失敗してやらかしたのは私なのです。相手のはずがない。
「ほら、あらかじめ私は自分を嫌ってるよ。だからこれ以上私を傷つけないでね?」
と、怯えながら媚びているのです。
面倒臭い、本当に面倒臭い人間です。

コンプレックスを言い訳にしてはいけない、と?
はい、今思いっきり言い訳してました。
半世紀も生きてきて、このザマです。

コメント欄クローズします。
薬飲んで寝ます。

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国語科的「愛する」考。
2020年01月06日 (月) | 編集 |
先日の島爺さんの生ラジオで、
「愛されたかったら、まず自分から愛する。
人を笑顔にしたかったら、まず自分から笑う。
感謝されたかったら、まず自分から感謝する。」
というようなことを仰っていてね。
「わーい、愛されたいぞ! まずは自分から愛するぞ!」と思って、ふと困ったのだ。
「愛する」って、どうすりゃいいの????
恥ずかしながら私、「愛する」ということが分かりません。
中学生の頃、「“好き”が膨れあがると“大好き”になって、“大好き”の最上級が“愛してる”」
くらいの認識をしていたのだが、おそらくきっと絶対違う(笑)。
「愛する」って何だ??? 世の人はみんな分かっているのかなぁ?

「愛おしい」という感覚は、最近になってようやく分かってきた。
ウチの猫たちや、ウチの生徒たちに対して湧いてくる「まったく、コイツラ可愛いんだから…」という感覚がそれなんだと思う。
そう、「愛おしい」は「可愛い」とちょっと似ている。
ただ「可愛い」は瞬間的に感じるもので、「愛おしい」は時間をかけて感じてくるもののように思う。
「可愛い」は初対面のものに対しても抱ける感覚だが、「愛おしい」は初対面では抱けない。
「愛」という漢字を使うものとしては、「愛でる」という言葉もある。
「愛でる」は「可愛い」よりさらに対象物との距離がある感じだ。
桜を愛でる、という場合、桜という対象とは精神的距離がある。
見るものと見られるもの、という関係がきっちり決まっている気がする。
見られるもの(ここでは桜)は、見るもののことを見ていないように思う。
つまり、一方通行の愛情だ。
「可愛い」は、対象物と距離がある場合にも距離が近い場合にも使う。
キャラクターものを見て「きゃー、可愛い!」と言うときは、「愛でる」と変わらない。
でも「娘が可愛くて可愛くて」と言うときは、近い距離で対象物としっかり見つめ合っている気がする。
これは双方向の愛情と言える。

ここで、「可愛い」という字面を漢文読みしてみた。
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「可愛い」は、「愛すべし」という書き下し文になるのだと思う。
助動詞「べし」には大きく5つの意味がある。推量・意志・適当・当然・可能である。
それぞれに当てはめて口語訳すると、
愛するだろう、愛そう、愛するのがよい、愛するはずだ、愛することができる」となる。
…なんだか、ここで合点がいってしまった。
対象物を見て「これはきっと愛するだろうな」と予感を感じ、「よし、愛そう!」と決める。
愛し始めるとその思いは確信にかわり「そうだそうだ、やっぱり愛するのがいいんだ」と思って、
「いやいや、これは当然愛するはずのものだよ、うんうん」と納得し、
「あー、私が愛することができる対象だったなぁ」とシアワセをかみしめる…。
なるほど、まさに「可愛い」は「愛すべし」なんだなぁー!
…なんて。これは単に、言葉をごろごろ転がしただけ。
結局「愛する」とは何なのか、分かっていない。

じゃあ逆に、「愛されたい」って私は言ったけど、私にとって「愛されている」ってどういう状態なの?
うーん、受け入れられること。どんな私であっても、無条件で受け入れてもらえること。
大切にされること。軽んじられたり、ないがしろにされたりしないこと。
安心できること。すぐに変わってしまうのではないかと不安に怯えたりしないこと。
かなぁ?
…なるほどなぁ、こういう風に子供の頃から扱われたら、きっと自己肯定感というものが根付くんだろうな。
つまり、私にとって「愛する」というのは、
「無条件で相手を受け入れ、大切に思い、その思いを持ち続ける」ということなのかな。
うん、なるほど、私は猫たちを愛してるし、猫たちからも愛されてる。
どうやら生徒のことも愛してるっぽい(笑)。
あれ? でもこの気持ちって、結構いろんな相手に対して持ってるぞ?
親友や友達のことも愛してるし、同僚のことも愛してるんじゃないか?
あれれれ? 「愛する」って、実は結構簡単なこと?

よし、次の愛する対象は「自分」だな。
どんなダメな自分でも無条件で受け入れる。
どんなどうしようもない自分でも大事にする。
そしてそれを継続する。
自分から自分を愛したら、自分からも愛されるようになる。
…ってことかね?
なんか禅問答みたいになっちゃったけど、ここまで考えが至って妙に頭がスッキリした-。
周囲に対して抱いている「愛する」を、今度は自分に向けてみよう。
なんだか、いけそうな気がしてきたぞ。

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褒め慣れ、褒められ慣れ。
2019年12月08日 (日) | 編集 |
昨日の「しゃべるじじい」(歌い手島爺さんの生ラジオ)で、もっとお互い褒めよう!という話があって。
それで思い出したのだが、「褒める」「褒められる」ってことには慣れが必要だなってこと。

普通の方々がどうなのかはワカランが、私はホントに褒められることが苦手だった。
苦手、というか、あまりに褒められ慣れていなくて戸惑ってばかりだった。
ひねくれた人間なもんで、褒められると「なにか裏があるんじゃないか?」「どんな意図があって…?」と勘ぐってしまう。
そもそもが自分というモノに自信がなさ過ぎて、褒めてくれること自体が信じられないのだ。
なんの取り柄もない私ごときを褒めるなんて、あり得ない! なにかの間違いだ!
ということは、その裏になにかあるに違いない。「褒め」の代償に、何を求めているんだろう?
こんな思考を一瞬のうちにして、相手の顔色を見て「私に何を期待しているのか?」を探ろうとする。
当然、褒められた時に返す言葉は
「いえいえ、そんな大したもんじゃ…」「またまたー、ご冗談を」「でもこれ、安物なんですよ」などなど、
謙遜どころか自分を貶める卑屈なものばかり。
そして、そう返した時の、褒めてくれた相手のちょっと怪訝そうな顔。
あ、期待に応えられなかったという「しくじった感」。
なので、どちらかというと褒められるのが嫌いだった。
面倒臭いし、相手の顔色をみなきゃいけないし、それで毎回失敗するし。

それが、着物を好きになったことで少しずつ変わっていった。
なんたって、着物を着ていると、それだけでやたらと褒められるのだ。
通りすがりの同僚が、女性だけでなく男性までも褒めてくれる。
中学生や高校生の、生徒まで褒めてくれる。
へたすると、外出先で見知らぬ老婦人から「いいわね~着物。私も若い頃は…」なんて褒められたりする。
頻繁に褒められると、少しずつ慣れてくる。
何より、いちいち謙遜して、相手の顔色を見て、というのが面倒臭くなる(笑)。
それで「ありがとうございます」の一言で打ち切る、という対応になった。
ぞんざいで申し訳ない、と思いつつ。
ところがところが、その対応だと褒めてくれた相手は怪訝な顔をしない。
それどころか、にっこり微笑んでくれたりする。さらに褒めてくれたりする。
あーーー、これが正解だったのか!
そして気づいた。褒められて謙遜したり卑下したりするのは、相手の気持ちを否定することだったんだ、と。

そしてもう一つ、褒めるのも慣れが必要だってこと。
これに関しては、以前習っていた茶道が大きな転機だった。
先輩教員から紹介されて、お茶に興味をもち、それから個人の教室に週イチくらいのペースで10年間通った。
先生は竹を割ったようなサッパリとした性格で、度量も大きくカッコイイ憧れの存在だった。
毎回ちゃんと着物を着て、素敵な道具を扱わせてくださった。
時に、趣向を変えて、さまざまなお点前を教えてくださった。
目にするモノすべてが興味深く、もっと知りたい、もっと教えて欲しい、と思って先生に話しかける時…言葉が出てこないのだ。
なんてキレイなんだろう、なんて素敵なんだろう、とドキドキワクワクしてポーッと上気しているというのに、それを表す言葉が出てこない。
褒めたいのだ、でも褒め慣れていないから褒める言葉が出てこないのだ。
これには愕然とした。日々、言葉を扱う国語教師という職についているというのに、なんという為体(ていたらく)。
それでも褒めたい気持ちはあるから、稚拙ながら「キレイです」「素敵です」「可愛いです」くらいから口にすることにした。
すると先生は「ありがとう。この器はね…」と詳しく教えて下さった。それで、少しずつ語彙が増えていった。
また、たまに先輩のお弟子さんと同席することもあり、そうすると先輩がどんな言葉で褒めているのかに注目したりした。
そうやって、少しずつ褒める言葉というものを覚えていき、バリエーションが増えると褒めることが楽しくなった。
それに、褒めたい気持ちを口に出すのはスッキリするし、「ありがとう」と返されると更に嬉しくなる。
あーーー、褒めるってこんなに気持ちイイことだったんだ!
たとえ稚拙な言葉でも、気持ちを言葉にして相手に伝え、相手から返ってくるというのは素敵な循環だ。

今の私は、褒めることに全く抵抗がない。逆に、なんか褒めるとこないかなーと常に探したりしている。
「大きい声で読んでくれたね、ありがと-!」
「さえてるね、それよそれ」
「お、髪切った? 可愛いじゃん」
「君は面白いオトコだなー」
「今日の日直、良い仕事してるね。黒板がキレイで気持ちいいや」
「さすが委員長、言うことが違う」…などなど。
例外なく、褒められた生徒は照れくさげに嬉しそうな顔をする。その顔を見て、私も嬉しくなる。
今の私は、褒められても戸惑わない。「ありがとう、この着物はね…」とかつてのお茶の先生のように返すこともできる。
そうすると、褒めてくれた相手も嬉しそうな顔をする。その顔を見て、私も嬉しくなる。
そう、私は自分が嬉しくなるために褒めているし、褒められて「ありがとう」と返している。
自分のためにやっているだけなのに、相手も嬉しくなっているって…これってとんでもなく素敵なことなんじゃないか。

だからねー、今回のじぃちゃんの提案「お互いがお互いを褒めまくるのが流行ってくれんかなー?」には、大きく首肯したのですわ。
やってみ、気持ちイイから。マイナスなこと、一切ないから。
慣れなんだよなー、ほんと。みんなで慣れましょ♪ 褒めることも、褒められることも。

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