FC2ブログ

「何をやっても癒されない」

6f37a745.JPGby春日武彦。
産婦人科医→精神科医、というちょっと変わった経緯をたどった著者の、エッセイのような短編集。
正直、タイトルと「精神科医」という肩書きから、『きっと精神医学系の本なのだろう』と予想して図書館から借りてきたのだが、読み進めていくにつれ違和感を感じてきた。
おかしい。精神病に関する記述ももちろんあるのだが、著者がメインとして書いているのはそういった部分ではない。
全体の半分ほどを読んだあたりで、『なんだ、これって笑いながら読んで良い本なんだ』ということに気付いた。
私の期待とは違った内容ではあったが、なかなか面白い視点から書かれた文章だった。以下、心にひっかかった記述。

・「癒し」を求める人たちがあふれ、ボランティア志願者がひしめき、イジメが横行するいっぽう呆れるほどに青臭い歌詞の音楽が流れ、容易に「感動」する人ばかりが増えていく事実はどうなのか。
・「どぎついもの」と「とりとめのないもの」、残忍さと「分かりやすい優しさ」、過剰と欠落………こうした対立するものが、融合したり和解したりすることなく共存しているのが現代社会であるといった印象を、わたしは抱いている。

うーん、キツイ意見だけど分からなくもないなぁ。

今日付けで、何度も同じ学年で組んで、ずっと仲良くしてきた先輩先生がご退職された。体をこわして、去年の9月から休職されており、更なる休養を要するということがその理由だった。
てっきり体を治して2学期からは復職するものだとばかり思っていたので、まさに青天の霹靂だった。
ショックだ…淋しいよー! でも…仕方ないね。早く彼の体調が良くなりますように、祈るだけだ。今まで有り難うね。

今月も1日も休まずブログを書いた。このブログを書くということが、そろそろ習慣化してきているのかもしれない。

そのまんま。

さて。
斎藤学の本も、入手できたものに関しては全て読み終わった。家族に関する本も、お腹いっぱいになるくらい読んだ。
読み終わって今感じているのは、「親がどうとか、家族がどうとか、どうでもいいんじゃん? 今の自分、そのまんまでいいんだよ」ってこと。
散々悩んで、苦しんで、痛い思いして、たどり着いたのはスタート地点だった…って気分。
まんま、まんま、そのまんま。そのまんまの自分でいいんだよね、きっと。そう、親友がいつも言っていること。今まで仲間たちから言われてきたこと。「あなたはあなたのままでいいんだよ」―――この言葉を今まで『こんな私に、なんて有り難いことを言ってくれるんだろう』と受け止めていたけど、そうじゃなくて、本当に「そのまま」でいいってことなんだ。

仕事ができるとか、美人であるとか、痩せているとか、健康であるとか、そういった「条件」なんかもともと必要のないことだったんだ。
仕事ができなくたって、十人並みの容貌だって、太ってたって、病気持ちだって、私は私なんだし、そんな私を私の大事な<仲間>たちは受け容れてくれているのだから。
だから、私自身も受け容れてやるべきだ。そのまんまの私を。
あ…やべー、涙にじんできた。
これか。これが探していたものの答えなのか。
そうかぁ、これが自己肯定感・自己受容感ってヤツなのかもなぁー。
私が私のままであることを、私自身が受け容れる。
そのまんまでいいんだ。昔も今もこれからも。

なーんか、ちょっと腑に落ちたかも。
明後日、カウンセリングに行く。母宛に書いた手紙の写しと、母からの返事を持っていって、先生に読んでもらうつもり。
ついでにこの「そのまんま」感も話してみようと思う。

「自分の居場所のみつけかた」

ca7bc137.JPGby斎藤学。2006年6月に書かれた本らしいので、おそらく彼の著作では最新のものではないかと。
手当たり次第に読んできたけど、もしかしたら(偶然だけど)発行順に従って読んでいたのかもしれない。著者の考え方・表現の仕方が、冊数を追うごとに変化している様子が読み取れて面白かった。
今回の本は、自分が自分のままであることを自分に許すためには…ということが主眼になっていたような気がする。終わりに近い部分では、ありのままの自分を受け入れた人達の手記が載っている。
なんつーか、自己肯定感とか、自己受容感とか、親を責めるとか、自分を愛するとか、そんなものたちもぜーんぶひっくるめて「どうでもいいじゃん。あなたはそのまんまでいいんだよ!」って言われたような気がした。さんざん悩んで苦しんで、その最終形はここに集約されるような。

ということで、斎藤学フィーバーもこれにて終了。これまで読んできた彼の作品から得た気づきをもとに、私は私を考えていこうと思う。
そして、自己分析フィーバーもこれにて終了にしたいなと。それこそ、どんな経緯があったにしても、どんな真実があったとしても、今の自分をそのまんま受け容れてやることが大事なような気がしてきたから。

母あてに書いた手紙と、母からの返事を持参して、今度カウンセリングに行きたいと思う。正直、母からの返事についてはまだ混沌としている。あの手紙のことを考えるだけで、動悸がして頭が混乱する。解釈することも捨てることも読み返すこともできず、ただ放置してある。
混沌としたまま、カウンセラーの先生に預けてみようかと思っている。何かの答えが得られるかも知れない。

今日の放課後、先日失恋した片恋相手が研究室に来て同僚と長いことしゃべっていた。私はドキドキしてまともに彼を見ることができず、仕事に没頭している「ふり」をしていた。…はあ、疲労。失恋したとはいえ彼は大事な<仲間>なんだから、彼を避けるような態度をとっちゃいけないよな。普通に笑って会話ができるようにならなくちゃ、うん。…まだまだ修行が足りませんな。

自主休業

485c9bb8.JPG今日は朝から仕事モードになれず。
授業は2限のみだし、よし、早退してリフレッシュじゃ!と決意して学校へ。
授業を終えると、早々に学校を後にした。
まずは美容院へ。前回切ってから2ヶ月が経過しているので、さすがに自分でもうっとおしくなってきていたのだ。他人にシャンプーしてもらって、髪を切ってもらって、マッサージしてもらって…ふー、なんか自分へのご褒美って感じ。良い気分。
リラックスしたところで、安いワインを買いだし。

帰宅してそれを飲みつつ、「毒になる親」byスーザン・フォワード著/玉置悟訳を読み切った。
アメリカものの翻訳のせいか、極端な例が多いように感じたが、日本でもこういう親は増えてきているように思った。
義務を果たさない親、コントロールばかりする親、アルコール中毒の親、残酷な言葉で傷つける親、暴力を振るう親、性的な行為をする親…。
これらの例に比べたら、自分の親なんて可愛いもんだと思った。
参考になったのは、「『毒になる親』から人生を取り戻す道」という章。これは、今後の親との対応において、参考になると思った。

それにしても世間のみなさまは、こんなに「親」や「家族」というものに対して、疑問を持ったり調べたりすることなく生活しているんだろうなぁ、と思うと不思議な気がしてくる。あやしうこそものぐるほしけれ。私にとって「家族」ってのは、本当に人生のキーワードだったんだとあらためて思う。

「天使たちの誘惑」2

というわけで、再び新宿まで芝居を観に行ってきた。
今回は前回よりも舞台から遠い席だったし、何より生徒を引率していたというのもあって、前回より冷静な気持ちで芝居を観ることができた。
うむ。やっぱり痛い。
痛いけど、前回よりラストシーンに対して愛情を強く感じたような…。
ともあれ、良い芝居でした。うん!
役者さんもパワーアップしていたし。
これだから、何回も観るとおもしろい。
最近、この劇団の芝居は2回ずつ観ているなぁ…。
東京公演は今日が千秋楽。今週半ばに名古屋で、週末に大阪で公演をおこなうそうだ。
そういえば今日の公演には、友人の元ダンナが来ていて、開演前に声をかけられてびっくりした。うーん、微妙な関係だ…。まあ、彼も元気そうで良かった。
また、友人のお母さんにも久しぶりにお会いして、彼女のハイパーぶりも健在で良かった良かった。
生徒たちも楽しんでいた様子。自分たちの芝居に、良い刺激となれば良いのだけど。

ここ3日ばかり暴飲暴食をして胃を荒らしてしまったので、今日は休肝日。…というより、ワイン切れ。また明日でも買いに行こう。

先輩・後輩たち来訪

ねーむーいー…。
昨夜、深夜2時に寝て、今朝6時起床。睡眠4時間はやっぱりキツイ。
2限の授業はそれなりにこなしたものの、3限の自習監督はついに糸がきれて、机につっぷして寝てしまった。やれやれ、いかんのう。

さて。
今日は高校時代の先輩&後輩が自宅に来訪した。
さんざん食べ、飲み、しゃべった。楽しい時間を過ごした。
ふいー、お腹一杯ですー。
でもウチの猫たちは、結局1匹しかあらわれず(海大のみ)。本当にウチの2匹は内弁慶です。

明日はまた新宿まで芝居を観に行って来ます。
昨日とはまた違った印象を受けるかもしれない。同じ印象を受けるかもしれない。楽しみ。

「天使たちの誘惑」

今日は新宿まで友人の劇団の芝居を観に行った。
一緒に観賞する約束をした友人と新宿南口で待ち合わせをしているときに、ウチの卒業生に偶然出会いめんくらった。長年教師をしているとこういうこともあるんだなー。
さて、場所は新宿高島屋タイムズスクエアの紀伊国屋サザンシアター。
もう広くてキレイで新しい劇場で、客席数も多く『大丈夫か?この客席全部うまるのか?』とかお節介ながら心配してしまった。でも、そこそこ客席は埋まって、上演。
芝居は…正直、とても痛かった。
主題となっていたのが、娘と母親との関係で。折しも自分がこういう状況にあった時期なので、ピンポイントでぐさっときた。
主人公が「私は母親に愛されていなかった」というセリフのところでは、涙が流れて止まらなかった。まるで自分自身のことを言われているみたいだった。
芝居の中では姉と妹という関係も重要な部分で、そこにおいても私は痛かった。
あーーー、とにかく、今の私にとって課題としている部分がストレートに芝居として上演されていて、まるっきり自分のことを言われているみたいで痛いのなんのって。でも、見終わった後はすっきり。うん、良い芝居だった。明後日はウチの演劇部の生徒を引率してまた来る。今度はもう少し客観的に見ることができれば、と思う。

芝居を見終わって、友人に顔を合わせて、その後駅近くの居酒屋で飲んだ。昨日のショックが後を引いて、ほとんどものを食べずに酒だけあおった。芝居の感想、自身の心境、etc…語りつつ。
家に着いたのは1時過ぎ。寝たのは深夜2時過ぎ。明日がつらいだろうな。でも、良い時間を過ごしたな。

経過報告

2週に一度の病院がよい。とくに問題のないことを報告。薬も変わらず。

<現在の薬>
・トレドミン25㎎3錠…朝・夜(抗ウツ薬)
・アモキサン25㎎2錠…朝・夜(抗ウツ薬)
・ソラナックス0.4㎎1錠…朝・夜(精神安定剤)
・インデラル10㎎1錠…朝・夕方(脈の乱れを整える薬)
・ベンザリン10㎎1錠…就寝前(睡眠薬)←最近半分に割って飲んでいる。
・マイスリー5㎎1錠…就寝前(睡眠薬)
・エチカーム1㎎2錠…就寝前(睡眠薬)

ついに、来た。
かーさんからの返事の手紙。
なんか、ポストを開けた時から嫌な予感はあったんだよね。
以下、手紙全文。
「何も気付かずに過ごした幾月をお詫び致します。何の反論も言訳もしないことと致します。そうする事が心の安らぎをとりもどせるのなら 全てを受け入れます。ただ どんな時でも どんな状況でも 私は貴女を捨てたりしません。母」
…読み終わって、涙が出た。でもそれは、何の涙?

かーさんは、私の想いをちゃんと受け止めてくれたの? 分かってくれたの?
文面からは分からない。
「お詫びします」と書かれているが、「何の反論も言訳もしないことと致します」のあたりに、「本当は言いたいことは沢山あるのだけど、あえて貴女のためを思って言わないでおく」というニュアンスも感じる。さらに「そうする事が心の安らぎをとりもどせるのなら」って、「貴女の考えは間違っているけれど、その考えに従うことで貴女が平静になれるなら譲歩しましょう」とも読める。そして最後の一文。「どんな時でも どんな状況でも 私は貴女を捨てたりしません」って、どういうこと? 「貴女の『見捨てられるにちがいない』感は、間違っている」っていう宣言?

ああ、もう、誰かどうにかしてくれい!!
いっそ「今日限りで貴女を勘当します」とでも書かれた方が良かった。よっぽど、割り切ることができた。
なんだよ、この中途半端な愛情表現は! だいたいが愛情表現なのかさえ分からない。
分からない、分からない、分からない!!!
私はこの手紙をどう受け取ったらいいんだよ?!
私の気持ちはどこに向かったらいいんだよ?!
誰か、助けてよ。誰か…。
あれだけの枚数を費やした私の手紙に対する返答が、これかよ。
口をつぐむことで、私より優位に立とうということなのか?
なんで私は泣いたんだ?
後悔なんてしていない。
私は前に進むんだ…!!!

だけど、誰か助けてよ。
私の混乱した頭を、どうか鎮めてよ。

鳥肌が立つ、心がザワザワと波打つ。
ヤバイ、ウツがきそう…。
でも明日は行かなくちゃ。授業もあるし、親友の芝居にも行かなくちゃ。
誰かどうにかしてくれい。
誰か…誰か…。助けて、お願い…。

片恋くんに電話をしたら、彼女と上手くいっているらしいよ。
ははは…はぁ。しかたないね。
成就するといいね。君に幸あれ!
私は、一人でやっていけるからさ…。

久しぶりのお茶

42b3583c.JPG今日は休日。惰眠をむさぼった。
なんと午後6時半まで寝ていた!
不眠に苦しんでいた頃に比べたら天国のような状態だが、まあよくもこんなに眠れるもんだ。

さて、起きて着替えて、1ヶ月ぶりのお茶のお稽古へ。
今月からは風炉である。わー、もう風炉のシーズンかぁ、と感動する。
ついこの間炉開きをしたような気分なのになぁ。
今回は、お薄と大天目(だいてんもく)をやった。
風炉点前は久しぶりなので、緊張する。
が、さすがにお茶を初めて8年目を迎えるせいか、体がお点前を覚えている。自分でも意外なほど、スムーズにお点前をすることができた。
やはり、お茶をやると背筋がしゃんとする気分がする。私にとって大切な時間である。
来月は1・2週目にお稽古がある。1週目は校外学習のため、休まないといけない。残念。

お稽古の帰り道、車を運転しながら思ったこと。
私はどうやら、けっこう「オンナっぽいオンナ」なのだな、と。
スカートはいたり、ピアスをつけたり、髪の毛のばしたり、そういう女っぽい格好をしたい人なんだなー、と不意に思った。
現在の私は、ピアスこそつけているが、毎日綿シャツにチノパンツという格好。髪の毛も思い切りショートカット。およそ女っぽさとは無縁の格好をしているが、本心では女らしい格好をしたいのだ。体型がそれを許さないだけで。
なので、本心に忠実になるために、ダイエットして髪の毛も伸ばそうと思った今日の日。夏も近いしねー。

帰宅してポストをのぞいたら、手紙の封筒が入っていた。
ドキッとした。ついに来たかと思った。
しかしそれは、今年卒業した生徒からの手紙だった。
ほっとすると同時に暗澹たる気分になった。私はいつまで親に縛られるのだ?

画像は今日のお菓子「新緑」。

謙虚と自信

7862b2cd.jpg今日、先輩教員の作成した古文の問題を拝見した。
面白い!なんて面白くかつ良質な問題なんだ!
古事記と万葉集だけで、こんな問題が作れるなんて!…と興奮。
「まあねー、あとから問題作る人の参考になればなと思って」とサラリと言ってのける先輩。…やっぱり彼はすごい。生徒にだけじゃなく、後輩教員への道標として作問をしているということか。うーん、私にはなかった視点だ。それを当たり前のようにやっている姿に感動した。

似たようなことを感じたのが、今日の学年集会。
「中学校ではそれぞれ専門の先生が授業をしているよね…それが小学校との違い」と、私とほぼ同期の学年主任が生徒に向かって話していた。それを聞きながら、彼は我々教員に対しても話をしているのだな、と感じた。つまり『だから教員はその教科の専門家にならないといけないんだよ』ということ。そうかー、学年主任ってのはこういう立場なんだな~、生徒と学年団教員と両方を見なくちゃいけないんだな、と思った次第。彼もわずか1ヶ月半で着実に「学年主任」になっている。

そして放課後、隣席の同僚としゃべったこと。
「教師たるもの専門家たれ」ということについて、彼は「でもね、必ずしも教科の専門家でなくたっていいと思うんです。例えば旅の専門家とか、部活の専門家とか、生き方の専門家とか」と述べた。ほー!なるほど。そういう視点もあるか。「もちろん自己研鑽をしないことの逃げ道に使っちゃいけないですけど」うん、それはそうだね。
また、「教師は謙虚でなければいけない」という発言も。ふむふむ。それは確かにそうだ。というか教師である以前に、人間謙虚でないといかんです。だけど、ある部分においてゆずれない一線は持っていないとイケナイとも思う。謙虚でありつつ、自信をもつ。それが教師として&ヒトとして必要なことなんじゃないかと。

私はずーーーーっと、自分に自信のない人生を送ってきた。他人から長所をあげられても「そんなはずはない」「私にいいところなんてあるはずがない」と頑なに思って生きてきた。他者評価を受け容れなかった。
けどそれは、「謙虚」ではなく「傲慢」だ。「自分に自信がない」という逃げ道を常に用意して、自分が傷つかないようにしていただけだ。
今、私は「傲慢」でなく「謙虚」に「自信」をもとうと思う。
たとえば教師としての自分は、『生徒に興味をもたせる』という一点だけはゆずらない。知識や技術はまだ他人に遠く及ばないところがあるけど(=謙虚)、そのための努力は惜しまない(=自信)。
そして、できれば「生き方の専門家」に、いずれなることができれば素敵だと思った。

いやー、私の周りのオトコ達は私にとてもいい刺激を与えてくれる、とっても素敵なオトコ達です。彼らに、日々感謝!です。

画像は(本文とは全く関係ない)バスマット好きの咲夜さん。

「『自分のために生きていける』ということ」

02a7e46c.JPGby斎藤学。
この本は、アダルト・チルドレンのことをふまえたうえで、じゃあどうしたら「親のため」でない「自分のため」の人生を生きることができるか…という点に主眼をおいて書かれているように感じた。
この人の結論は、「同じ経験をもつ人達の集まりに参加して、話をすること」ということに集約されているように感じる。他の著書でも、そういった傾向がみられる。
さて、私の場合はどうしたらいいだろう。
自分が認めた<家族>との絆を深めていくこと。それだろうな。

「あなたはすてきだ。あなたはあなたのままでいい。あなたは受け容れられている。あなたは愛されるに値する人間だ。」
そう鏡の自分に向かって毎日唱えていると、自己肯定感があがるのだそうだ。
ホンマかいな?…と疑いの気持ちもあるのだが、やらないよりやってみても損はないだろうと、昨日から実践している。少しでも自己肯定感を持てるようになりたいから。
あと、インナーチャイルド(自分の中の子ども)をイメージして、子どもの自分に話しかけるというのもいいらしい。「どうしたの? 淋しいの? 何をしてほしい?」そう問いかけて、自分の中の子どもを抱きしめてあげることができたら、自分で自分を慰めることができて、自分で自分を愛することができるのだそうだ。これはまだイメージできずにいるが、練習すればできるようになるかもしれない。

素敵だ。自分を愛するって、どんな感覚なんだろう? 
私はまだまだ自己に対して否定的な感情しか浮かんでこない。でも自己肯定感が高くて、きちんとした自尊心を持っている人は、自分を愛することができるのだそうだ! 
私がこれまで知らないでいた領域。そこに踏み込んでみたいと思う。
生き易い自分を、自分にプレゼントしてあげたいと思う。

さて。
最近一番怖いのはポストだ。
例の手紙に母や姉から返事が来たらどうしよう? と毎日ビクビクしながらポストをのぞいている。
かといって、まったくの無反応というのも怖い。
そして現段階はまったくの無反応。彼女たちはあの手紙をどう受け取ったのだろうか?
いいんだ、大丈夫! 私には<家族>がいるんだから。この<家族>との絆を深めていけばいいんだから。…そう、自分に言い聞かせている。

そして一日中睡眠

a3670751.jpg起きて猫にエサをやって、寝て、起きて軽く食事をして、寝て、起きてビデオを2時間ほどみて、寝て、起きて本を1時間ほど読んで、寝て…。
そんな一日でした。休日は寝るに限る。

私を起こしたい時。
海大くんは、重量級ボディ(6.7㎏)をどーんと私の上に乗せ、のどを鳴らします。
が、そんなことくらいで私は起きません。
すると風花の出番です。彼女は私の前髪を前足でシュッシュとかきます。さらに耳を甘がみします。
そうとううっとおしいですが、私はそれでも起きません。
そこで咲夜登場。私の掌をおもいきりガブリ!
「いってえーっ!!」ひどい時には歯形が残ります。
この三段階を経て、ようやく私は起きるのでした。

画像は水道の蛇口から水を飲む海大と風花。なぜ蛇口から飲みたい?!

「アダルト・チルドレンと家族」

e52b2340.JPGby斎藤学。
この本は比較的オブラートにくるんだ表現が多く、読んでいて痛みを感じることは少なかった。
しかし、共感できる部分は多々あり、あーやっぱり私はアダルト・チルドレンなのだとしみじみ思った。
とくに「『プラケーター』(慰め役の子)は、末っ子が多い」という記述にはドキッとした。私も末っ子だから。
斎藤学の本の中では、比較的俯瞰の立場で冷静に読むことのできた本だった。

やっちまいましたか!

朝目覚めると、両腕に擦り傷が。そういえば、帰宅途中でこけたような記憶が…。いってー!
それにしても、昨日の飲み会、後半からの記憶がないぞ。
で、出勤して先輩のところにご挨拶にいくと「ったく、前後不覚になるほど飲むなっつーの!」と怒られた。ひえええ、やっぱ、昨日やっちまいましたか!
「お酒の飲み方を学習してから、またおつきあいします(笑)」と言われてしまったよ。まぁ笑ってたし、またつきあってくれるって言ったからいいようなものだけど。あー、ごめんなさーーーいっ!!

さて。今日から中間考査が始まった。
今年度、私が採点をするのは1クラスのみ。
しかもそのクラスにテストを返却するのは、1週間後。
なので、今日は採点をしないでいようと思っていたのだけど、なんかうずいてしまうのですよね。で、設問2つ分だけ採点して帰宅した。
お天道さんが高いウチに帰宅するのは、なぜか良心がとがめる。
哀しきワーカホリック(お仕事人間)です。

国語科懇親会

今日は中高国語科合同の、懇親会(ようするに飲み会)があった。
おいしく食事をしつつ、お酒もいただきつつ、歓談。
遅いお昼、といった時間帯だったので、一次会のみで終了。
うーん、しかし飲み足りない…。
片恋の相手を誘ったが「今日は帰ります。また今度!」とあっさり断られた。ちぇっ。
そこで先輩をさそって、飲みにいった。
新しく近所にできた居酒屋。つまみも旨かったし、日本酒の品揃えに感動し、つい飲み過ぎ。嗚呼…後半の記憶がない。

なんか違う。

なんか違う、その1。
私、片恋の相手に「親」を求めていないぞ。
心許せる同僚に「親」を求めてなんかいないぞ。
だから、先日分析した「恋愛=疑似親子状態」というのは、なんか違う。

なんか違う、その2。
理屈をこねくり回して結論をだそうとしている私。なんか違うぞ。
私って人間は基本的に感情で動くヤツで、論理的思考がほとほと苦手なはずなのに。ここ数日、理論武装してパニクってるのは、なんか違う。

なんか違う、その3。
中学と高校が別の学校みたいな現状、なんか違うぞ。
ウチは中高一貫校なのに、中学と高校でシステムやルールや考え方自体が違うのは、なんかヘンだぞ。
「一度高校に行ってみた方がいい」と先輩に言われ、確かに私は中学教員の経験しかないし、高校は中学と違うんだろうなぁと漠然とは思っているけど。経験がないから自信がなくて、意見も言えないけど。
でもそれって、なんか違う。

なんか違う、その4。
で、先輩に反論もできずに胸の中でブスブスくすぶって、不安な気持ちが広がって、帰宅してドカ食いして自己嫌悪している私。なんか違う。
仕事は仕事、プライベートはプライベート。仕事に影響されて、精神が乱れちゃうのは、なんか違う。

…とまぁ、今日はこんな気分。
今日、中間考査を印刷した。ふいー。明後日、試験。さてどんな結果になるやら。

お通夜

今日は先輩教員のお父様のお通夜に参列するため、午後3時前に学年主任と車で出発。茨城県の笠間へ向かった。
一般道を通ったのだが、3時間かかった。さすがに疲れた。
さらに葬儀場独特の重苦しい空気に、酸欠状態。
心臓もバクバク。
お焼香を終えて、学年主任と車に戻った時には、すっかり疲労していた。
返りは彼に運転をまかせて、私は助手席へ。はー、ラクラク。
その後、学校近くの寿司屋で主任と一杯やりつつ、寿司や刺身をつまんだのでした。うーー、うまいっ!しかも彼にご馳走になってしまった。どうもです。今度はおごるね。

それにしてもお通夜や葬儀に出席すると、10年以上前の父の葬儀を思い出してしまう。
あの時、就職して2ヶ月しかたっていなかった私の父の葬儀に、多くの先輩・同僚たちが駆けつけてくれた。有り難いことだ。だから、私も関わりのある先生方の時は、なるべく駆けつけたいと思っている。
父の葬儀の時、母はどんな様子だったっけ?
姉は、兄は、どんな様子だったっけ?
私は………?
今、母が死んだら、私は泣けるのかなー?
私が死んだら、みんなはどうするのかなー?

混沌

「恋愛関係でトラブルを繰り返すのは、親子関係を繰り返しているから」…昨日読んだ本にあった言葉。今日はそのことについて考えてみた。自分の恋愛パターンの分析。

そもそも「甘えさせてくれる身近な相手を好きになる」というところからスタートしているのがおかしい。それはつまり「子ども返り」させてくれる相手=「親」を恋愛対象としているということだ。これが「恋愛」と呼べるのだろうか。
次に「自己開示して受容されたい」という点。これだって普通「親」に対する要求だよな。まてよ、これは「自分」に対する要求でもあるか。
自己評価ではなく他者からの評価によって、自己肯定感を得ようとしているのか、私は。そうか、だからすぐに不安になるのだ。自己肯定感は、自分自身で肯定していかない限り高まらない…ということだな。
「告白して、振られて、男友達になる」ってのも、関係性を断ち切りたくないから、相手にしがみついているだけなんだろうな。疑似「親」から離れるのが不安なんだ。
つまりこれまで「恋愛」だと私が信じていた感覚は、疑似「親」を作り上げてそれにしがみついているだけだったってことか。

…うわーーーーイタい。イタい。
自己分析しているウチに、自分で自分が分からなくなってきた。混沌。
だけど、じゃあ、どうしたらいいっての?
これまでのパターンじゃいけないってのは分かったけど、じゃあ、どうしたら?
頼む、誰か助けてくれーーーー!
そう思った私は、片恋の相手に昼休みの時間をとってもらった。
恋愛相談を片恋の相手にする? バカじゃん? と思いつつも、彼に聞いて欲しい気持ちもあったのは事実だし。めちゃくちゃ緊張した。

それでだだっ広い会議室の一角で、彼と個人面談(ホント、そんな感じだった)をした。母親に甘えられて育ったから、甘えられない性質に育ってしまったことから始まって、母と姉に手紙を書いたこと、その行動は間違っていなかったと思うけどそれ以来不安定だということ、恋愛パターンのこと、私が異性に求めているのは「親(母親か父親かは不明)」だということ、やっと親を恨めるところまで来られたということ…。ひととおり、しゃべった。まるでカウンセラーの先生のように、彼は全部をちゃんと聞いてくれた。うなずきながら。私の話が一段落するまで、何も口を挟まずに聞いてくれた。それが嬉しかった。
私の話を聞いた後「それだけ理論的に考えがまとまっているならば、カウンセラーの先生にお話しになったらいいと思いますよ。きっと腑に落ちるお話をしてくださいますよ」「自分が欲していたものを望むのは、当然だと思いますし」そう、おだやかに言った。うん。でもカウンセラーの先生より先に、私はあなたに聞いて欲しかったんだ、とその時私は初めて思った。
「そんなわけで、あなたのことが好きなのかどうか分かんなくなっちゃったよー」と告げると、「難しいですよねー。」と答えた。
内心、このセリフを言った時、彼に「それは好きじゃないってことですよ」とかわされることを恐れていたのだが…拒絶されなかったということが嬉しかった。
なんかね、ちょっとだけ落ち着いた。こんな話をしても、全く動じずに聞いてくれる彼が頼もしかった。

これが「恋愛感情」なのかは分からないけど、私の中で彼の好感度は更にアップしたのであった。これが「好き」ってことなのかなー?
うーん、ワカラン、ワカラン…。でもとても有り難い存在だよなー。
自己受容感の高い人ってのは、こういうもんなのかなー。こう安定しているものなのかなー。はふ。

「インナーマザー」

b412c18f.JPG「インナーマザー あなたを責めつづけるこころの中の『お母さん』」by斎藤学(さいとう・さとる)を読み終わった。
本のタイトルからしてとてもイタいのだが、内容は更にイタかった!!
何度途中で読むのを中断して、深呼吸をしにベランダにでたことか…。
でも「今」の私が読むべき本だと思ったので、なんとか最後まで読み切った。
読み切っての感想は…うん、手紙を書いて母と姉に出したことは間違っていなかった、というもの。あれは、私にとって大いなる一歩だった。
そして、私の恋愛観はかなり歪んでいる可能性が高い、というもの。
以下、とてもイタかった記述。

・男女関係、恋愛関係というのは、ほとんどが親との関係の繰り返しです。ですから、親との関係の歪みが大きいほど、恋愛関係でも歪みが大きい。恋愛でトラブルを繰り返し、「なぜいつもこうなってしまうんだろう」と悩んでいる人は、一度、親との関係を振り返ってみるといいでしょう。
・「お母さんがかわいそう」と思うヒマがあったら、自分のほうがかわいそうだと思ったほうがいい。
・自分の好きなこと中心の生き方をすると、なんだかものすごくわがままで、ぜいたくしているような罪悪感にかられ、自分を責めたくなってしまう。
・「プラケーター」(慰め役の子)と呼ばれる子どももいます。いつも暗い顔をしてため息をついている母親などの愚痴を聞いては、慰める役の子どもです。小さなカウンセラーとなって家族や母親にやさしく声をかけてきます。
・ガードが高く防衛心が強く、その結果とても寂しい彼らは、孤独から逃れるために、自分をおびやかさない相手を見つけると、その相手にしがみつきます。
・「自分で自分のことを愛しているかどうか」が問題なのです。自分のことをきちんと愛せている人は、他人のことを愛せますし、他人にも愛されるものです。自分で自分のことを愛せない人は、他人を愛せませんし、愛されない結果になりがちです。
・あなたも「自分いじめ」をやっていないでしょうか。困った癖だと思いながらやめられないでいることがないでしょうか。こんなことをいえば人に嫌われる、こんなことをすれば人とうまくいかないのだとわかっていながらもついやってしまう、ということはないでしょうか。
・親に対して、何かほんのり「申し訳ない」感じがする、という人も親別れしていないと思っていいでしょう。たとえば、「いっしょに住んであげていない」ことを申し訳ないと感じている人もいます。

うわわわわーーーーーー!!!!
自分でも薄々と感づいていたことが、全て明白なものとして描かれているーーー! イタい!! 本当にイタい…!!!
でも、これが私なんだよなぁ……。
まずはこれを認めてやらないと。
そして、自分の中にいるインナーチャイルドを育てていってあげないと。
そのためには、鈍麻している感覚を呼び起こしてやることが必要だ。
自分で選んだことに「これでいいんだ」って、言い聞かせてやることが必要だ。
そして、歪んだ恋愛観も見直していこう。
丸ごとそのまんまの自分を一番受容して欲しかったのは、仲間でも母親でもなくて、「自分」なんだよなー…。

手紙

昨日の夜、母と姉にあてて手紙を書いた。
訣別宣言。
もうあなたがたからの愛情は期待しない。
物質面での援助はするけれど、精神面での援助はもうできない。
私は私の<家族>と絆を築いていく。
私は私の生きたいように生きるよう努力する。
…そんな内容。
おりしも今日は母の日。これが私から彼女たちへのプレゼント。

中間考査、ひとまず完成。

ふいー。ちっと無理矢理だが、中間考査の第1稿を仕上げてきた。
会心の出来とはとても言えないが…まぁそれほどひどくはないかな?
来週、他の先生方にご覧いただき&ご指摘いただいて、修正して、ホントの完成となる。どれほどダメだしされるか…ワクワクドキドキ。

今日は学年の保護者代表の方々と学年団教員との親睦会というのがあった。なんのことはない、学校の施設内で高級お弁当を食べつつ歓談するというもの。はっきり言って面倒くさい行事なのだが、まあこれも仕事の一部。欠席する理由もないので、出席した。
例年のことだが、一人一言を求められる。担任でもやっていれば、クラスの生徒の様子を語ることができるのだが、副担任で授業も週1回の身では、はっきり言って保護者の方々に喜んでいただけるようなネタがない。しかし、他の先生方はお話がうまい。困った…私はそんな気の利いたことはしゃべれんよ。
で、自分の順番が来て「えー、最近『家族とは何か』ということを考えていまして…。私にとって、学校が家族です。生徒のみんなも、本校を大好きになって卒業してもらえれば、私は本望です。」ということを話した。あー、はずかしいったら。我ながら、よくも臆面もなく言ったもんだ。もちろん本心ではあるのだが…ヤレヤレ。

なんか、くたびれたなー。明日はゆっくり過ごそうと思う。

カウンセリング18

a9e4e46d.JPG久しぶりのカウンセリング。前回3/30の卒業以来だ。
「今日は何を聞かされるのかな~、不安だな~」と先生が冗談でおっしゃるので「大丈夫ですよー、先生を不安にさせるようなことは何もないですから」と笑って答えた。

事実、薬は増えたがちゃんと仕事をしているし、同僚や親友に甘えることもできている、と報告。
あとは、4/1の法事で実家に帰ってみたら母だけでなく姉までもがストレッサーだったという話とか、後輩くんに手紙を出した話とか、4連休のウツの話とか、先日の自己分析の話とか、恋愛パターンの話とか…。も、それこそこの1ヶ月にあった様々な心に関する話を、とりとめなくおしゃべりした。
「お母さんとお姉さんには、いつか言いたいことを言うといいね。恨み言でも怒りまくってでもいいから。そうすると関係が変わってくるし、何よりあなたがスッキリするよ。話すのが怖いなら、手紙でもいいし」うーん、そうかぁ。そうだねぇ、今の私は彼女たちから逃げているだけだもんな。いつか、話せるといいんだろうなぁ。手紙かー…。

自己受容感や自己肯定感の気づきについても、先生はうなずき「あなたにとって一番欲しかったのはそれだよね」と言ってくれた。やっぱり、そうなんだなー。
私がしてきた自己分析は、どうやら的を射たものだったらしい。先生に反復されて、非常に腑に落ちた。
「愛情を感じるには、まず前提として自己が受容されているという感覚が必要だからね」なるほど。

私のウツは、心の問題が解決していくにつれて、良くなっていくものだと先生はおっしゃった。
とすると、こうして自己分析して自分を見つめていく行為は、私の病気を快方に向かわせてくれるものなのかもしれない。

いやー。すっきりした。
自分のことをこれだけ話してもいい空間って、有り難いなー。
そして新たな課題が…。手紙か…。うーん。

「もう『いい人』にならなくていい!」「世界がどんなになろうとも役立つ心のキーワード」by香山リカ。2冊一気に読破。
だが…イマイチ心に響かなかった。今の私にとっては、香山リカの読みやすい文体は物足りなさを感じさせるなぁ。
やはり今のマイブームは斎藤学だな。Amazonで彼の著書を一気買いしてしまった。

経過報告

eccb91f4.JPG月に2回の通院。
インデラルが効果的だということ、4連休にウツに入ったが自力で脱出できたこと、夕方にドキドキがくること…を報告。夕方のドキドキは、インデラルを早めに服用することで解決。
血圧を測ってもらったら、若干高めらしい。インデラルは血圧を下げる効果もあるらしく、大手を振って服用できるとのこと。

<現在の薬>
・トレドミン25㎎3錠…朝・夜(抗ウツ薬)
・アモキサン25㎎2錠…朝・夜(抗ウツ薬)
・ソラナックス0.4㎎1錠…朝・夜(精神安定剤)
・インデラル10㎎1錠…朝・夕方(脈の乱れを整える薬)
・ベンザリン10㎎1錠…就寝前(睡眠薬)
・マイスリー5㎎1錠…就寝前(睡眠薬)
・エチカーム1㎎2錠…就寝前(睡眠薬)

「『家族』という名の孤独」by斎藤学、を読破。
うーん、前回読んだ「家族依存症」よりも具体的かつ専門的な内容だったが、その分読み応えがあった。
斎藤学、おもしろいぞ。
それにしても今回の読書で、現在の自分にとっていかに「家族」というものが影響を及ぼしているのかが分かった。
今の私は、私という人格がどのようにして形成されたのか、何故無意識に同一行動をとってしまうのか、どうしてこんな思考形態をとるに至ってしまったのか、等々…つまり「私という人間」を知りたくてたまらない。なので、今日も図書館で精神関係の本を5冊ほど借りてきた。
今一番興味があるのは、「私自身」である。こんなに身近で謎の多い人間はいない。
しかし「家族」か。…深い。深すぎて難しすぎて、私には「家族」はもてんわな、こりゃ。

ああ、バカ過ぎる…!

昨晩は結局午前1時過ぎに就寝し、午前5時に風花に起こされた。
この二日で睡眠時間4時間。さすがにへろへろ。

さて。眠れない夜の時間つぶしに、日記を読み返してみた。
ら、5年前の7月に、先日自己分析したのとまったく同じような内容が書かれていて、我ながらびっくり。
「わざと嫌われるような行動をとってしまう」とか、「見捨てられるに違いないという思いこみがある」とか、「こんな自分でも受け容れてくれる?」とか。当時は、その頃付き合っていた相手との関係においてそう書いていたわけなのだが…。
おんなじじゃん! まったくもって、おんなじじゃん!!
てーことは何かい、私は5年前に既に出ていた結論をあらためて自己分析して導き出したってことかい? うおー、バカ過ぎる!!

さらにバカな点に気づいたのだが。
私の恋愛って、思いっきりパターン化している!
甘えさせてくれる身近な人を好きになる→相手に自己開示する→受容感(=幸福感)を味わう→片恋する→舞い上がる→卑屈になる→告白→彼には相手がいることが判明→無理矢理自分を納得させる→素敵な男友達関係となる。
…思い返すと、いっつもこのパターンじゃあないのさ。うおおー、バカバカ! いいかげん学習しろっての!

でも、待てよ。常にこのパターンってことは、逆に言えば私自身がこのパターンを自ら望んでいるってことだよな。両想いにならない相手を選んで、恋愛してるってことか?
…私よ、何を望んでいるの???? なんか、ここにも私の鬱屈した深層心理が隠されていそうな気が…。知りたいっ!!

またですかぁー?

睡眠薬をぶち込み、午後10時から何度も眠ることにトライしているのだけど、一向に眠気が襲ってこない。
オイオイ…さすがに二日連続完徹はマズイだろ。
正直アタマふらふらしているし。
なのに、眠れない!!!
気が付けば一日何も食べていなかったことに気づき、この深夜にカップラーメンを食した。お腹が満たされたから、眠れるかなぁ?
やっぱり4連休のウツが後をひいているってことなんだろう。
それにしても、かんべんしてくれい!

「家族依存症」

aa32fc28.JPGそんなわけで、完徹。
「家族依存症」by斎藤学…を読破した。
いやー、この本からもさまざまな気づきを得ることができた。
とくに先日自己分析した内容に非常に近い部分では、そうそうこんな感じ!と思わず膝を打った次第。
気になったページはコピーをとって、アンダーラインを引いて保存版とした。
以下その、気になった記述。

・大人であることの条件とは、「現実検討の能力」「衝動をコントロールできる能力」「自分を肯定できる能力」「いい加減にやれる能力」「人と共感できる能力」。
・自分を正確に把握したり、自己の欠点を直視したり、欲求を我慢したりするためには、自分が世間の人に受け入れられ、愛されているという、基本的な自己肯定の感覚が欠かせないのです。
・注意深く自分の感覚に問いかけて、心地良いと思うことをし、イヤと思うことはしないことです。あなたはあなたの奴隷ではないのですから。
・親友にしてあげるように自分にしてごらんなさい。いつのまにか、あなたはあなたに感謝し、あなたを責めなくなります。そのとき、あなたはあなたに抱擁され、その温もりの中で寂しさと渇望を忘れます。つまり「自分との和解」が共依存症における究極の回復なのです。

…あー、私の知りたかったことがここに書いてあるって思った。私に欠けているのは自己肯定感だ。そして私もまた「家族依存症」なのかもしれない、と思った。

今日は午後6時半を回ったくらいから、にわかに忙しくなってフル回転で仕事をした。昨日完徹だから今日は寝られるかと思うんだけど、少々神経が興奮気味なのが気になるところ…。今晩、寝られるかなぁ?寝られるといいなぁ。

久々の不眠

いつものように睡眠薬をぶちこんで、ベッドに入って1時間。
なぜか眠れない…。
とくに何かショックなことがあったりしたわけでもないのに。
うーむ、久しぶりの不眠だぜ。ここんところ、睡眠は絶好調だったのになー。
気が付けばもう2時間が過ぎてしまった。
仕方ない。完徹覚悟で、ふってわいたこの時間を有効活用させよう。
今日学校から借りてきた「家族依存症」という本でも読むか(うわ、またヘヴィーな…)!

自己分析

また1週間が始まってしまった。そして心臓バクバクも始まったのだった。うおー。
今週は金曜日が創立記念日でお休み。その日には久しぶりにカウンセリングの予約を入れてみた。最近考えた様々なことなど、プロに聴いてもらおうかな、と思って。

今日はほぼ一日、「なぜ私という人間は、甘えることに対して極度の警戒心をもってしまうのか?」ということについて自己分析を試みた。

遡ると幼少時代から、私は親に甘えることのできない子どもだった。
甘え上手な姉兄との差別化を自分なりに図ったのかもしれないが、おそらくは母親が私を甘えさせてくれなかったことが原因だと思われる。彼女は私に甘えることを望み、私はその期待に応えただけだ。母の甘えを許すことによってのみ、私は彼女からの愛情を得た。条件付きの愛情を。
私にとって他人に甘えることは、イコール「迷惑をかけること」だった。そして他人に迷惑をかけることは、イコール「見捨てられること」だった。
かくして私の深層心理には「他人に甘えたらいつか見捨てられるにちがいない」というすり込みが行われたのである。
甘えられない子どもの完成だ。

そんな子どもらしくない子どもでも、本心では甘えたい。無条件で自分を受け容れて欲しい。しかし、家族にそれは望めない。そこで私は「友達」に<家族>を求めた。
中学・高校時代、私にとって学校は<家族>だった。学校では先生や友達に甘えることができた。幸せだった。
でも心の奥底の「他人に甘えたらいつか見捨てられるにちがいない」という思いは、たまにひょっこりとアタマをもたげては、私に二の足を踏ませた。

大学時代、芝居仲間が私の<家族>だった。どんなに迷惑をかけても、どんなに甘えても、「大丈夫だよ」「そのまんまでいいんだよ」と無条件に受け容れてくれる仲間たちは、大切な<家族>だった。私はそんな仲間にさえ「こんなことしても許してくれる?」「ここまで迷惑をかけても嫌わないでくれる?」と相手を試すような行為を繰り返してきた。結果は「全てOK!」だった。たまらなく幸福だった。

就職して現在、未だに私の根底には「他人に甘えたらいつか見捨てられるにちがいない」感はどっかりと根付いている。そして、例の相手を試す行為も繰り返してしまっている。でも仲間たちはこんな七面倒くさい私に繰り返し「大丈夫だよ」「悩んじゃダメですよ」「私で良ければ話くらい聞きますよ」と言ってくれる。笑顔でいつも許してくれる。その度に私はたまらない幸福感(=自己受容感)に襲われ、と同時にそれを失うことの不安に苛まれるのだ。

…と、ここまで自己分析をしてきて分かったこと。
もういい加減<家族>である仲間を信頼していいんじゃないか、ということ。彼らは私を見捨てることなどないのだと、自分に言い聞かせていいんじゃないかと。それだけの実績があるのだから。
そして、相手を試すようなわざと嫌われるような行為は、もうやめていいんじゃないか。そんなことしなくたって、彼らは私を嫌わない。
俗に言う「家族」から愛されることはなかったけど、私はもう新しい<家族>をみつけつつある。その幸せを、そろそろ享受してもいいんじゃないかい?
私はこれまで十分苦しんできた。今度は自分で幸せを実感する番だ。

合計B5用紙4枚分に及んだ自己分析であったが、それなりの成果があったように思う。

ウツの原因

今回のウツの原因は2点。
①片恋の相手に電話がつながらなかったこと。
②「先生の通信簿アンケート」の結果が好評だったこと。

①は、どうしようもない。片恋だってのは、最初から分かっているし。
電話攻撃がしつこすぎたかな、って感じ。すまぬ。
もう相手に嫌われてるかもしれないけど、それも自業自得だし。
しょうがないっす。

②は、好評だったんだから素直に喜べってーの!
どうも「ワタシハソンナニイイニンゲンジャナイヨ」という気がムクムクわいてきて、自己嫌悪の渦に陥った。先生役割をとっていない私の存在価値は?とか悩んだけど、どうしようもないっつーの!

そんなこんなで。自殺念慮も出て、自分の手首を眺めてまんじりと1時間なんて時を過ごしたりして。ろくでもないGWでした!
結局、死ぬこともできず、遺書だけを更新したしだいです。
せっかく書いたから、プリントアウトして明日配ってやろうかしら…なんて思ったりして。これまた、ろくでもない。
明日から仕事です。きっと、先週と変わらぬ私がいるんだろうと思います。七転八倒しまくっても、所詮そんなもんです。

追記:①の片恋の相手から今さっき電話があった!旅行に行っていたから電話に出られなかったんだって! 10時には寝るから9時までに電話をくれれば大丈夫だって!・・・電話してもいいんだー。うわー、めちゃくちゃ嬉しい!彼に嫌われてなかったんだー!

もうダメダメ…

ブログを書けているのが不思議なくらい、気分が落ちている。
朝5時起床、猫にエサをやって、就寝。
夜6時起床、猫にエサをやって、酒に手をつける。夜11時就寝。
…という生活を、ここ3日間ばかりしている。
GWはウツのための期間か?
起きていてもろくな事を考えない。
自虐的行為に及ぶ前に、睡眠薬をぶち込んで寝る。
とにかく、寝る。寝ている間は、馬鹿な考えにも至らない。
いいかげん、浮上したい。
明後日からは仕事だ…。
プロフィール

べにお

Author:べにお
着物でガッコのセンセーをやってます。
6匹の猫と同居中でしたが、5匹になりました。いつも彼らに世話になってます。
芝居や映画やドラマや読書が好きです。
音楽もめちゃ好きです。
バリバリのインドア人間です。
が、時々ムショーに遠くへ行きたくなり、旅立ちます。
どぞよろしく。

悪意を感じるコメント、第3者を傷つける内容のコメント、争い事のきっかけになってしまいそうなコメント等は私の判断で削除いたします。ご了承ください。

今日の日付入りカレンダー

04 | 2007/05 | 06
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
最新記事
最新コメント
アクセスカウンター
カテゴリ
過去記事(ログ)スクロール

2019/10 (23)

2019/09 (34)

2019/08 (33)

2019/07 (33)

2019/06 (35)

2019/05 (36)

2019/04 (35)

2019/03 (34)

2019/02 (31)

2019/01 (33)

2018/12 (34)

2018/11 (31)

2018/10 (32)

2018/09 (34)

2018/08 (32)

2018/07 (32)

2018/06 (30)

2018/05 (31)

2018/04 (30)

2018/03 (31)

2018/02 (29)

2018/01 (31)

2017/12 (32)

2017/11 (30)

2017/10 (31)

2017/09 (34)

2017/08 (31)

2017/07 (31)

2017/06 (30)

2017/05 (33)

2017/04 (31)

2017/03 (31)

2017/02 (28)

2017/01 (32)

2016/12 (34)

2016/11 (30)

2016/10 (33)

2016/09 (32)

2016/08 (33)

2016/07 (31)

2016/06 (34)

2016/05 (31)

2016/04 (30)

2016/03 (32)

2016/02 (34)

2016/01 (37)

2015/12 (34)

2015/11 (33)

2015/10 (31)

2015/09 (34)

2015/08 (34)

2015/07 (33)

2015/06 (32)

2015/05 (35)

2015/04 (30)

2015/03 (35)

2015/02 (30)

2015/01 (39)

2014/12 (39)

2014/11 (34)

2014/10 (36)

2014/09 (36)

2014/08 (36)

2014/07 (37)

2014/06 (32)

2014/05 (38)

2014/04 (33)

2014/03 (37)

2014/02 (31)

2014/01 (38)

2013/12 (40)

2013/11 (46)

2013/10 (38)

2013/09 (31)

2013/08 (34)

2013/07 (37)

2013/06 (36)

2013/05 (37)

2013/04 (35)

2013/03 (39)

2013/02 (31)

2013/01 (34)

2012/12 (35)

2012/11 (34)

2012/10 (40)

2012/09 (37)

2012/08 (33)

2012/07 (33)

2012/06 (33)

2012/05 (37)

2012/04 (33)

2012/03 (40)

2012/02 (29)

2012/01 (38)

2011/12 (32)

2011/11 (33)

2011/10 (35)

2011/09 (32)

2011/08 (35)

2011/07 (32)

2011/06 (32)

2011/05 (41)

2011/04 (31)

2011/03 (33)

2011/02 (30)

2011/01 (32)

2010/12 (32)

2010/11 (30)

2010/10 (32)

2010/09 (32)

2010/08 (32)

2010/07 (34)

2010/06 (33)

2010/05 (31)

2010/04 (30)

2010/03 (31)

2010/02 (28)

2010/01 (31)

2009/12 (31)

2009/11 (32)

2009/10 (31)

2009/09 (30)

2009/08 (31)

2009/07 (31)

2009/06 (31)

2009/05 (31)

2009/04 (30)

2009/03 (31)

2009/02 (28)

2009/01 (31)

2008/12 (32)

2008/11 (30)

2008/10 (32)

2008/09 (30)

2008/08 (31)

2008/07 (29)

2008/06 (28)

2008/05 (30)

2008/04 (20)

2008/03 (27)

2008/02 (26)

2008/01 (28)

2007/12 (28)

2007/11 (25)

2007/10 (25)

2007/09 (14)

2007/08 (12)

2007/07 (19)

2007/06 (27)

2007/05 (34)

2007/04 (32)

2007/03 (28)

2007/02 (20)

2007/01 (21)

2006/12 (24)

2006/11 (23)

2006/10 (27)

2006/09 (16)

2006/08 (10)

2006/07 (5)

2006/06 (3)

2006/05 (7)

2006/04 (12)

2006/03 (10)

2006/02 (5)

2006/01 (9)

2005/12 (3)

2005/07 (1)

2005/05 (1)

2005/02 (1)

2004/11 (1)

2004/10 (3)

2004/07 (1)

2004/04 (1)

2004/03 (3)

2004/02 (3)

2004/01 (1)

2003/12 (4)

2003/04 (1)

2003/02 (1)

2003/01 (1)

2002/12 (1)

2002/11 (1)

2002/10 (1)

2002/09 (1)

2002/08 (3)

検索フォーム
にほんブログ村