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いつの間にやら毎日更新。着物と猫と料理と映画&芝居&ライブ・ときどき旅をメインに、日々の記録を積み重ねています。
自分を変える
2010年12月12日 (日) | 編集 |
「相手を変えようと思ってはいけない。自分を変えるのだ」
ってよく聞く言葉だけど、今日やっと腑に落ちた気がする。

母さんは変わらない。昔も今も。
ちょっと前の私は、変わろうとしない母さんが腹立たしくて仕方なかった。
デリカシーのない発言や、止まらないグチ、言い訳、自己憐憫。
そんなものたちが、不快で不快で不快で不快で、具合が悪くなるくらい嫌だった。
今日もそういったものたちが、時に胸につきささり、ザラリとした不快感を味わわせた。
けど、そういう気分を追究するのをやめてみた。
自分の価値観に母親をあてはめるのをやめてみた。
都合のいい期待をしたのは自分なのだから。それは自分勝手というもの。
期待が叶わなかったからといって、裏切られたように感じるのは不快感を増長するだけだ。
母さんは変わらない。変えようとしてはいけない。
私の受け止め方を変えればいいのだ。

この思考は少々つらかったが、できないことはなかった。
うん。大丈夫。私は無事だ。
今はリハビリ期間だからね。一足飛びに良くはならないよ。
少しずつ、少しずつね。
モテキ
2010年12月12日 (日) | 編集 |
ふと思ったのだが、私にモテ期はあったのだろうか?
一生に一度(中には二度、三度?)、やたらめったらもてる時期。
ウワサには聞くが、そんなもんホントにあるのか?

体感的には、私にモテキはない。
自分から告白したことはあるが、告白された経験はないんじゃなかろうか?
いや、待てよ。
振り返ってみると、「実はあの頃好きだった」という告白の経験は数回ある。
あのさー。あの頃好きだった、じゃなくて、当時の私に「好きだ」って言ってくれ。わからんじゃないか。
って、分からない私が問題なのか?

おそらく、モテキを実感できる人は他人からの好意に敏感なんだろう。
鈍感な上に好意を疑ってかかる人間は、モテキがきていても気付かないに違いない(私だ)。
疑ってかかるのは、ひとえに自分に自信がないからで、傷つく前に先回りしているだけなのだが…。
まあ、言い訳してもしょうがない。

好意とか、褒め言葉とかを、素直に受けとめる土壌。
これがないと、モテキは実感できないのだと思った。
そう考えると、実はけっこう私はモテていたのかもしれない。
ちょっともったいないことをした気分だなぁ。

幸せを数えるのが上手な人と、
不幸せを数えるのが上手な人がいるように思う。
うつ病になる人なんかは、後者が得意なんじゃないかなぁ。
幸せを数えて生きたいな、と改めて思った。
…なんか、微妙に高尚なまとめだな(笑)

PC112147明日の着物をコーディネートしてみた。
紺色に緑の格子柄木綿の着物に、以前作成した水玉木綿の帯。
帯揚げはサーモンピンクで、帯締めが赤と緑。
なんとなく、クリスマス(「なんとなく、クリスタル」/失笑)。