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いつの間にやら毎日更新。着物と猫と料理と映画&芝居&ライブ・ときどき旅をメインに、日々の記録を積み重ねています。
かき氷の引力で山梨へ。その1
2019年09月01日 (日) | 編集 |
この夏最後の、旅レポでございます。

いつも行っている接骨院のセンセーに「今年はかき氷食べに行きました?」と訊かれ、そういえば行ってないことに気がついた。
いかんぞ、これは。夏が終わる前に行かねば!
ということで、2年前に訪れたかき氷屋「ふじさん冷蔵」を目的に、山梨県に向かうことにした。

<何処?~久保田一竹美術館。8/25>
出発は、のんびりゆったりと昼近く。山梨県は千葉から意外と近いのだ。
島爺をガンガンにかけながら、順調に中央道を走ってあっという間に山梨県に突入。
『えーと、ふじさん冷蔵は河口湖の近くだったな…。』
そう、今回グーグル先生で2年前と同様に「山梨 かき氷」で検索をかけ「ふじさん冷蔵」を見つけたのだけど、カーナビ:サラ子に入力しても反応がイマイチだったのである。
サラ子(カーナビ):「おばちゃん、該当するお店がないの。近くの役所を案内するの」
私:「いやいや、役所に行きたいわけじゃないから。じゃ、住所・番地で検索するかー(再入力)」
サラ子:「その番地は存在しないの。近くの役所を案内するの」
私:「えええ? なんで存在しないの? グーグル先生はきっちりここだって…」
サラ子:「ないったらないの! 役所を案内するのっ!」
…いや、役所はいいってば。
かくして、番地的に一番近いであろうあたりを目的地として、あとは記憶を頼りに「ふじさん冷蔵」を目指すことになったのだった。
たしか高速を下りて下道を走って、なんかのトンネルを抜けた左側…右手に河口湖を観る絶好のロケーションで、道ばたに簡易的に作ったような小屋だったよな…。
それがねー、ないのよ。まったく。
あれ? ここっぽくない? って場所は、単なる空き地で何も建っていないし。
だいたいが、方向音痴の記憶なんてあてにならない(笑)。
結局、河口湖周辺をぐるぐる回りつつも、あきらめるしかなかった。
むーーーー、このままお宿さんに向かうのもシャクだなぁ。
ふと久保田一竹美術館の案内板が目に入った。
おー、そういやこの辺だったね。久しぶりに行ってみるか!
そんなわけで、6年ぶりに久保田一竹美術館に行ってきた。6年前の記事はコチラ
IMG_8451.jpg
そうだそうだ、建物へ行くアプローチが素敵だったっけ。
IMG_8454.jpg
緑豊かな小路。体感気温がぐぐぐっと低くなる。すずしーー!
IMG_8455.jpg
↑この花、ホトトギスだっけ? お茶のお稽古のときによく見たなぁ。
さて、6年前に一竹辻が花を観た時は、着物からほとばしる情念のようなものを感じて、体調が悪くなるくらいだったのだが…。
今回は、けっこう普通に冷静に観られた。ただ、やっぱり圧倒的なパワーは感じるけどね。
前回よりもじっくり作品の細部も観られ、改めて「総合的な立体芸術なんだなぁぁぁぁ」と思った。
布の地紋、地の色、線画、絞りの配置、絞り方、絞りの色、着物のどの位置に何を配するか…平面じゃなくて立体なんだよなぁ、一竹辻が花って。
そんでもって、何枚もの辻が花で「連作」なんてこともやってるから、着物1枚の中で完結するわけでもない。
しかもその「連作」はサグラダ・ファミリアのように未完成で、故久保田一竹の代わりに弟子たちが完成させていくだろう…って、もう時間空間まで飛び越えちゃってる。
なんつーか、衣類ってものを超越したスケールの世界なのだよ。
そんなことを考えながら鑑賞を終え、目がお腹いっぱいになって小路を帰る。
IMG_8453.jpg
美術館の建物自体を含め、このアプローチや庭園を含め、ぜんぶまとめての総合芸術なんだね。
IMG_8452.jpg
はいーーー、堪能しましたさ♪

<到着~入浴。8/25>
今回お世話になったのは、湯村温泉 湯志摩の郷 楽水園さん。
いつものように到着してすぐにお風呂へ。
ぬるめのお湯で、露天風呂では涼やかな風が入ってきて気持ちいい~!
さっぱりしたら、動画などを見ながら部屋でくつろぐ。
この夏は、YY(わいわい)さんの「ぼくのなつやすみ」シリーズを見まくったなぁ。
●だらだら“ぼくのなつやすみ2”#10

わいわいさんの喋りが心地良くてねぇ…。ええ、ゲームの内容が入ってきやしません(笑)。
そうこうしているうちに、夕食とあいなった。
<今回は短めの連載で。その2へつづく>

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9月。
2019年09月01日 (日) | 編集 |
ついに、9月になってしまった。
今日はどうにもドンヨリとした脳みそに。
仕事が始まる、と思うと…やっぱストレスなんだなぁ。
ただ、仕事が嫌だとか、やりたくないとかではなくて、自分を苛める方向に行ってしまうのが私なのだ。
なんか1日、チクチクと自分を責めて過ごしてしまった。
これはいつもの、「自己防衛」の作業。
自分であらかじめ充分自分を傷つけておくことで、外部から来る痛みに対する耐性をつけておこうというもの。
だけど、自分で傷つけている段階で心が疲弊してしまうのだから、なんの意味も無い作業といえる。
今日も、すっかり心が草臥れてしまった。
…学習しないな。馬鹿だ、大馬鹿だ。

昨晩の、島爺のYouTube生放送で心に残っている言葉。

●見られるのではなく、見る側になる。相手の目を見ると緊張しない。
 緊張するのは、自分の中で妄想が広がるから。緊張させているのは、目の前の相手ではなく自分。

…なるほどねぇ。たしかにねぇ。
自意識過剰だってことなんだよね。他人様はそこまで私ごときに注目なんてしていない、というのに。
未だに授業前には足が震えるほど緊張するもんなぁーーーー。馬鹿だ。

●後悔のない人生なんてない。だから後悔するのは無駄。
…そらそーだ。もっともだ。
だけど、昔をひっくり返して何度も何度も思い出してしまうんだ。そして自ら傷口を広げてしまうんだ。
無駄以外のなにものでもない。馬鹿だ、大馬鹿だ。

●人は生まれる前、母体の中でもの凄い量の情報を遺伝子に書き込む。生まれてから書き込まれる情報の量なんて微々たるモノ。だから、生まれたらただ生きてるだけでいいんだ。
…そうなんだ、へー。
でも、ただ生きるってのが、どうにもこうにも苦しいんだ。とっとと楽になりたいんだ。

じぃちゃんの言葉はいつももっともだ。
もっともな言葉にハッとして、うんうんと頷くことが多い。
けど、たまに、もっとも過ぎて心にグサッとくることもある。
頭ではわかるんだけど、心ではそうできない自分がいるから。
そっかー、健康な人はそういう思考をするんだ。
普通の人はそういう行動をとるんだ。
そう感心して、不健康で普通じゃない自分を淋しく感じる。
今、私は淋しい。誰ともつながっていないように感じている。
つながれないのは周囲のせいじゃなく、自分がオカシイからで、自分が悪いからで、自分が普通じゃないからで、
でもそれで淋しくて苦しいなら自分が何で生きているのか分からない。
欠陥品はリセットさせてもらえないもんか、と思う。

…と、こんな風にぐるぐると無駄で不健康な思考をして、自らを切り刻んでいるわけである。
薬、増量して明日に備えるか。

じぃちゃんのこの歌聴いて泣いている。
●生きろ うたった【SymaG】


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