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いつの間にやら毎日更新。着物と猫と料理と映画&芝居&ライブ・ときどき旅をメインに、日々の記録を積み重ねています。
ドライブ
2010年06月17日 (木) | 編集 |
a5ffc2d6.JPG今日はネット友達の陶芸家さんの展示会を見に、ドライブがてら茨城県の笠間まで行って来た。
途中PAで休憩したりしつつ、片道3~4時間くらい。
天気も良く、丁度良いドライブだった。
陶芸作品というのも様々な個性があって、とても面白かった。
制作過程を教えていただいたり。うーん、深いなぁ。

帰路は行きとは違う道を走ろうと思って、高速を途中で下りたらかなり混んでいた。
高速を走っている時は運転に必死(スピードが苦手)だが、タラタラと町中を走っていると様々な考えが頭に浮かんでくる。
昨日見たテレビで映画監督の堤幸彦さんが監督志望の女の子に「被害者意識をもたないことだね」と言っていた。「我々は好きなことをやっているんだから」と続けた。
なんだか、この言葉が心にひっかかっている。
私は仕事に対して被害者意識を持っていたなー。
仕事だけじゃないな。何かにつけ、責められているような気持ちになる。
そして、私は好きなことをやっているんだろうか。
教師って仕事、好きなのかな。
私は何が好きなのかな。
好きってどういうことだろう…。

そういえば今住んでいる家を建てる時、姉(建築士)にドアやら窓やら壁材やらの展示場に連れて行かれたことがある。
「どれがいい?」と訊かれて、私は非常に困ってしまった。
あまりにも膨大なサンプルにくらくらしたし、どれを選んでいいものやら見当がつかなかったのだ。
「どれでもいいよー。まかせる」と姉に言うと、「なんとなく好きか嫌いかで選んでいいんだよ」と言われて、私は目からウロコの気分だった。
『好きか嫌いかで選んでいいものなんだ!』
たぶん、私はこの時「正解」があってそれを選ばなければいけない、というプレッシャーを感じていたんだと思う。
それが「自分の感覚で選んで良い」と言われて、ビックリしたんだろう。

感覚的なものは劣っていて、論理的なものが優れているという意識が私の中にはある。
そして私は理屈が苦手である。論理的になれない。
したがって私は劣っている、という結論にいつも至ってしまうのだが、きっとそんなことはないんだろうなー。
って、アタマでは分かっているんだけど、すとんと腑に落ちていなんだよな。
んーーー。

何を書こうとしたのか分からなくなってきたが、「好き」「嫌い」・「快」「不快」というような基本的なことさえも、なんだか私は抑圧しているみたい。

画像はお土産にいただいた小皿。らぶりー♪
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コメント
この記事へのコメント
No title
こんばんは

趣味ですが 茶道をしている身にとって

茶道と言えども論理的に考える事も多々ありますが

この感覚的なものを養うのがどれほど大変か・・・

日々 悩んでおります

例えば 皆口をそろえて「良いお茶碗」と言っても

自分が感覚的に「・・・」と思えば 右に倣えはしなくて良いのです お姉さまが仰るように 好き嫌いでいいのですよ と 私もお勉強会の先生に教えていただきました

感覚も論理も両輪だと思います

どちらも大事^^どちらが劣ってるなんてないと思います

あ^^夫も建築士です^^
2010/06/18(金) 19:10:00 | URL | 風 #79D/WHSg[ 編集]
No title
風さん、コメントありがとうございます。

茶道をやってらっしゃるのですね。私も茶道が好きです♪

お茶のお点前でも論理的に説明されると納得して理解が早かったりします。

論理は普遍性があると思うのです。

それに対して感覚は主観的なもので、他人に理解されづらい。共感してもらえないのが、侘びしいです。

感覚であっても、理解してもらうためには理屈が必要に思います。そのあたりが難しい。

…なんか話があっちに行ったりこっちに行ったりしてますが…。

お茶碗の素晴らしさを表現するのに、「素敵」「きれい」としか言い表せないのが歯がゆい、といった感じでしょうか。

自分の感覚を上手にリアルに表現できる言葉や論理を手にいれたいと思います。

優劣をつける癖は…徐々になくしていきたいですね。
2010/06/18(金) 20:45:00 | URL | みやぢ #79D/WHSg[ 編集]
No title
理論や理屈に価値を置きたくなるのは「男性性的な事柄」で世の中が男性優位社会、男性性的な事柄に価値を置きやすい社会だからじゃないでしょうか。知らず知らずのうちに、それが現代人には身にしみてしまっているんだと思います。



みやぢさんは職業柄、心理学にお詳しいでしょうから、私が説明するのも何ですが、「男性性=論理・理屈・知性」的な事柄になってしまうし、そういったものって、確かに何かの説明などにはちょうどいいですよね。



女性性的な事柄は、感性や感情なので、一見わかりにくいというか、言葉で説明するのが難しかったり。



でも、世の中が男性社会、男性性優位になっているために、「物質的なものやお金が大事」「目に見えない気持ちや愛情は二の次」「お金を稼ぐ職業に価値があって、命を育む母親業をこなしている人は価値を見出してもらえない」といった状態になっているように見えて、なんだかなぁと思います。



母親自身も、自分のやっている事に価値を見出せないから「なんで私が子育てに時間をとられて、自分の人生の時間をこんなことに費やさないといけないの!」という考え方しか出来ない人もいるようで、それが児童虐待につながったり……。悲しい現実だと思います(私にはそれもまた、男性社会の考え方に毒されているように見えます)。



世の中がもっと、女性性的なもの(目に見えない愛情とか気持ちとか、感性や感覚とか感情とか)に価値を見出せるようになったら、もっと生きやすくなるのにと思ってみたりします。
2010/06/19(土) 13:23:00 | URL | マリー #79D/WHSg[ 編集]
No title
マリーさん、コメントありがとうございます。

なるほどー。男性性的価値観、ですか。

知らず知らずに洗脳されているのかもしれませんね。

たぶん理屈という物差しが欲しいんだと思います。

感性の作品である絵画でも、どこがどういう風に素晴らしいのかと説明された方が、納得しやすいんでしょう。

でも理屈だけで芸術作品が生まれるかと言えば、そんなことはないと誰もが言うことでしょう。

説明できるモノの方が、安心するんじゃないかなと思いました。

説明できないけどスゴイ、って共感を得づらいですものね。
2010/06/20(日) 22:04:00 | URL | みやぢ #79D/WHSg[ 編集]
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