FC2ブログ
いつの間にやら毎日更新。着物と猫と料理と映画&芝居&ライブ・ときどき旅をメインに、日々の記録を積み重ねています。
結局…(^^;)
2007年04月17日 (火) | 編集 |
今年度から高校演劇部の顧問を辞めた。理由は、精神的負担が大きくて、病気に悪影響を与えるから。
…そのくせ、高校演劇部の連中が芝居の稽古をしていると、ついつい口を出してしまう。結局、好きなのね~、私。
ま、肩書きがなくなっただけでも精神的に重荷が減ったので、「口うるさい芝居人」と生徒から思われようが、甘んじて受けようと思う。所詮、芝居好きは一生芝居から足を洗えないものなのだ! うむ!

今日は自分の深層心理について分析してみた(何をやってるんだか)。

私は酔っぱらってしまうと、周囲の心許せる人に甘えてしまう。親友や同僚や後輩など、深夜にいきなり酔っぱらいの私から電話を受けた人物が何名いることか。しかも、記憶がない。サイテー・サイアクである。
翌日、私はめちゃくちゃ自己嫌悪に陥り、猛烈に反省する。
しかし、反省はしても学習はせず、同じ事を繰り返す…。そんなここ数年。

しかし、その行為にも私なりの意味があるのだと考えた。
私はそんな他人迷惑な行為をしながらも、相手に確認をとっているのである。心許せる相手に、私との関係を問うているのである。すなわち、
「こんなに迷惑をかけても私を嫌わない?」
「こんなに甘えても私を見捨てない?」
そう相手の顔色をうかがっている、屈折した卑屈な人間なのだ。

親友や同僚や後輩は、反省して謝罪する私に対し「大好きだよ」「大丈夫だよ」「尊敬してますよ」と告げてくれる。その度に私はほっとし、自分は愛されているということを感じる(そのくせ、すぐ不安になってまた確認したくなる。…きりがない)。
裏を返せば、愛されていると感じたくて、私は他人迷惑な行為を繰り返しているのである。……なんという矛盾、なんという利己主義!
そして、そんなエゴイスティックな自分に嫌気がさすのである。

このように自己分析をしてみると、結局いきつくところは「母の愛」なのだと気づく。
どんなに迷惑で甘えたな私でも受け容れてくれる愛。それを私は常に求めている。無条件で受け容れてくれる存在を。
異性に対しても「母の愛」を求めているから、私の恋愛は破綻するのかもしれない。誰だって、母にはなれっこない。
とすると、私が正常な恋愛(ってなんだ?)をするためには、「母の愛」から卒業しなければいけないということだ。今更、幼少期に戻って十分な「母の愛」を得ることなど不可能なのだから。
ずっと飢えていた人間が、食物のことを忘れるには時間がかかる。
今の私は(母や兄弟からはともかく)沢山の人に愛されている。それを恒常的に実感できる術を身につけたい。
そうすれば、私はもっとずっと楽になることができる。…はず。
関連記事


コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック