FC2ブログ
いつの間にやら毎日更新。着物と猫と料理と映画&芝居&ライブ・ときどき旅をメインに、日々の記録を積み重ねています。
すさんだ家
2013年12月10日 (火) | 編集 |
今日は仕事を休んで、母親の病院に付き合った。
血液検査、レントゲン、整形外科の診察、内科の診察…。
なんたってデッカイ病院なもんだから、待たされる待たされる。
「予約のない患者さんの平均待ち時間は5時間です」という脅しのような貼り紙が貼ってあるし。ディズニーランドもびっくりの病院だわよ。
それでも、一応予約はしてあったので全部終わるのに4時間で済んだけども。
…でもそれはつまり、4時間も母親とずっと一緒にいたということで…嗚呼、苦行だった。私、1時間が限度なのにぃ。

母親はなんだか少々ハイテンションで、ずーっと喋っている。
それを「面白い話」「うれしい話」「自慢話」として喋ってるのがビンビン伝わるんだけど、私にはその内容が面白くも喜ばしくも自慢すべきことにも思えない。
周囲の人間の気遣いだということも分からない、デリカシーのない人間のたわごとだとしか感じられない。
だんだん不快になってくる。
特に不快だったのが、自分の孫だけが学校でトクベツ扱いされている、先生方に愛されている、という自慢話だった。
そんなわけあるかい。そんな教員ばかりだったら、その学校は問題ありだろうが。学校を馬鹿にしている。
そう思いたいんだろうけどさ。ありえないから。
でもウチの母親はえこひいきしたいのだ。他の誰かと比較して。
それがたまらなく不快。「もうその話はいいから」とシャットアウトした。
母親はなぜ私が不快になっているのか分からず、不思議そうな顔をしていた。
また、ここへ来てウチの母親は「おねーちゃんとは、一緒に長く居すぎたかもねぇ」と姉へのグチを言い出した。
「今回の入院では、おにーちゃんもよく頑張ってくれたし、あなたもよく頑張ってくれたし、…おねーちゃんはそこそこ頑張ってくれたし」だって。
私は、他の何かをおとしめることでもう一方を褒める人間を信用しない。
そういう人間は、今こちらを褒めていてもいつおとしめてくるか分からないから。
やっぱり、私は母親というものが嫌いだ。

彼女を家まで送っていって、トイレを借りるために久しぶりに家に入った。
…なんだか、しばらく来ない間にものすごくすさんだ雰囲気になっていた。
大丈夫かー? この家。
12才になる雄犬は、足が不自由になっていていざっていた。(それでも私の顔を見ると、大喜びで飛びついてくるのだよ…それがまた切ない)
雌犬はケージに入れられてスキンシップに飢えていた。(この子も大喜びで飛びついてくる。イイコなんだよー)
室内はモノに溢れて、雨戸は閉め切られ、洗い物が溜まっていて、壁紙が破れて…。
早く帰宅したらしい姪っ子は2階で寝ているらしく、姿を見せなかったし。
なんか、すごくイヤな空気を感じた。
母親の入院、姉の転職、姪の進学…そのあたりのことで、この家の歯車がずれ始めてきしんでいるのを感じる…。
なんかね、母と姉と姪を含めて「多頭飼い崩壊寸前」って感じの空気だったのだ。
が。
ここで「私がなんとかせねば…!」と考えるのはやめにする。そう考えたら最後、私はまた鬱の無限ループに引きずり込まれる。
私が背負い込むべきことではないので、この家のことは悩まない。私が家を出て、もう20年以上たつ。ここは私の家ではない。
ただ…すさんだ家ってのは嫌だなぁ、とは思うけども。

一旦学校に寄って仕事を少しして、帰宅して心底ホッとした。
我が家はすさんでない。空気が明るい。猫たちもシアワセそうだ。
あーーーー良かった。

心情吐露のグチ記事なので、コメント欄クローズさせていただきます。

火曜日は風花さんバナー。いつも有難うございます。2つともポチッとな、していただけると嬉しいです♪
br_decobanner_20110609233723にほんブログ村 ファッションブログ 着物・和装へ
にほんブログ村
関連記事