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いつの間にやら毎日更新。着物と猫と料理と映画&芝居&ライブ・ときどき旅をメインに、日々の記録を積み重ねています。
やっぱ「愛」だねっ!
2007年10月15日 (月) | 編集 |
いやー、昨日は寝た寝た。一日中眠りこけた。1週間分の睡眠不足を解消するかのように、猫と一緒にとことん眠った。
ふと気がついたのだが、「目覚ましをかける」って行為が不眠を招くんじゃなかろーか? 目覚ましをかける→明日起きなければいけない→すぐに寝なければいけない→プレッシャー…って図式が成り立っているような。
だって目覚ましをかけないで寝たら、まー寝付きの良いこと、熟睡できること。
かといって社会人やっている以上、目覚ましをかけないわけにはいかないんだけどね。その辺がツライところではあるが。

さて。今日は「なんで私は太っているのだろうか?」ということについて考えてみた。いや、それは食べ過ぎるからなんだけど。じゃあ、「なんで食べ過ぎてしまうのだろうか?」って考えてみたわけだ。
どうも単にお腹が空いたから食べるってのとは、わけが違う気がしたのね。だって、お腹がいっぱいになっても深夜にドカ食いしたりしているわけだから。
じゃあ味覚が満足していないからかというと、それも違う。ドカ食いしている時、味わってなんかいないもの。目の前の食べ物をなくすことに精一杯で、頭の中真っ白状態だし。苦しくて泣きそうになりながら食べたりしているし。
我ながら「嘔吐していない過食症」だと思う。嘔吐していない分、太るのは当然なわけで。

で、遡ってみると、幼少時の私にとって「食べること=母親に褒められること」だった。たくさん食べれば褒められ、食べ物を残すと悲しい顔をされるので食事を残す事なんてできなかった。母親に愛されたくて、私は一生懸命食べた。つまり「食べ物=愛情」というすり込みが、幼少時に行われたものと考えられる。それが習慣化され、立派な肥満児ができあがった。
しかし、実家を出てもう16年。母親の目を気にすることなく、自分で食事のコントロールができていいはずである。それができない。何故か?

してみると、これは多分に「精神」「心」が関係しているな、と思った。私は本当は「愛情」が欲しくて、でも得られないから代替品として「食べ物」で満たそうとしているのではないかと。
実際、身近に愛情を注いでくれる人(同居人や恋人)がいた時には、ダイエットにも成功したし、ウツにもならなかった。
…そうか。つまりそういうことか。
結局、行き着くところ「愛情不足」ってことなんだろう。

でもなー、そうやってなんでも「愛情不足」のせいにばかりしてもいられないし。親兄弟に十分愛されることはなかったけど、友達や猫や生徒たちからは愛されているんだし、その愛情で自分の心を満たす術を身につけなくちゃいけないよなー。心を鍛えなくちゃいけないよなー。

あーあ、人生の課題はまだまだ山積みだぁー。しかし、「愛」ってのは深いね…まったく。
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