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『走れメロス』考
2007年10月16日 (火) | 編集 |
『走れメロス』by太宰治は、中学国語教師にとって、避けては通れない教材である。なんてったって、何処の教科書会社の教科書にも必ず載っているのだから。それも何十年間も。なんでやねん!
…というツッコミはともかく、かくいう私もこれまでに何回も「メロス」の授業をしてきた。ある時は戯曲化、ある時は正攻法の読解、またある時は群読…と、手を変え品を変え授業を展開してきた。生徒にとっては1回きりの「メロス」かもしれないが、我々教師にとっては何度となくチャレンジさせられる小説なのである。

それにしても何故『走れメロス』が、中2の2学期に学習すべき教材として選ばれているのか。教師用指導書などを読むと大抵「この時期の生徒にとって身近な『友情』を描いた作品だから」といった説明が書かれている。
…そうか? 本当に『走れメロス』は友情物語なのか? この点に関して私は中学時代から懐疑的である。「メロス」を友情物語として位置づけると、妙に嘘くさい絵空事のように感じてしまうのである。
そもそも友人を人質に差し出して、自分は妹の結婚式に出てしまうことのどこが「友情」なのだ? 素直に何も言わず承諾するセリヌンティウスもセリヌンティウスだ。彼ら二人よりも、暴君ディオニスの言うことの方が筋が通っている気がする。しかしそのディオニスでさえ、ラストシーンでは彼らの「友情」に感動し、「わしも仲間に入れてくれ」などとほざく始末。そして暴君に苦しめられていた筈の民衆は「王様万歳!」と騒ぐ。しかもメロスは途中から全裸で走っているのだ!
…オカシイ、明らかにオカシイぞ。客観的に見てヘンじゃん、この話。愛と友情の感動物語にしては、薄っぺらいしギャグである。
ここではたと気がついた。
そうか。ギャグだと思えばいいんだ!
単純にカッとして王城にのりこんでいくメロスもギャグ。
メロスを信じて人質を引き受けるセリヌンティウスもギャグ。
冷酷なようでいてコロッと趣旨替えしてしまうディオニスもギャグ。
そういえば、この作品のラストの一文はこうだ「勇者はひどく赤面した」。…なるほどねぇ、これを書いた太宰自身が「赤面した」ってことか。
と、このような読み方をしてみると、太宰作品の中では異色だと思っていた『走れメロス』も、太宰らしい作品だな~と見ることができた。

私がひねくれてる? でもこれでやっと腑に落ちたんだもん。
あ、もちろん、『走れメロス』の文学的価値は実感しているよ。表現力は豊かだし、テンポの良い一気に読ませる筆力は、太宰の才能を十分に現していると思う。とくに短文を積み重ねてリズムを作っていくあたりは、ため息がでてしまうほど素晴らしい。音読して耳で味わえば、その魅力は明らかである。
なので、私は『走れメロス』の魅力を伝えられるよう授業を考えていくが、この作品を「愛と友情の感動物語」としては読ませない。だって、そういう読み方をすると私の中で「メロス」の価値が落ちてしまうから。
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