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いつの間にやら毎日更新。着物と猫と料理と映画&芝居&ライブ・ときどき旅をメインに、日々の記録を積み重ねています。
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2023年10月22日 (日) | 編集 |
食器を洗っていると、思い出したくもない思い出が必ず頭をよぎる。

小学生のころだったか、まだ幼稚園児だったか…。
シンクに食器がたまっているのに気がついた私は、初めての食器洗いを試みた。
スポンジに洗剤をつけて、にぎって泡をもこもこにして、食器を洗って…。
教わったわけでもないので、記憶をたよりの作業である。
洗い桶の食器をすべて洗い終えて、水切り籠に入れ、私は得意満面だった。
きっとお母さんはびっくりして、笑顔になるだろう。
仕事で疲れたお母さんはいつも食器洗いを嫌がっていたから、きっと喜んでくれるだろう。
お母さんの役に立てた、と私はわくわくして母を待った。
仕事を終えてキッチンに来た母は、私と水切り籠の食器を見てこう言った。
「泡がなくなればいいと思ってるでしょう? 全然ヨゴレが落ちてないじゃない」
…ショックだった。
笑顔どころか、顔を曇らせた母はため息をついて、「いいわよ、あとはやっとくから」と、水切り籠の食器を全てシンクに戻して洗い直しを始めた。
「ごめんなさい…」
役に立つどころか、迷惑をかけてしまった。余計なことをしてしまった。
罪悪感でいっぱいになった。
…確かに、私は泡がなくなればそれで完了だと思っていたような気がする。
でも、あのときの母の対応は絶対間違っている、と今なら思える。
なぜ「やってくれたの? ありがとう!」と言えない?
その後だろう、「でも、ヨゴレが落ちてないか確認しようね」と言うのは。
「じゃあ一緒に洗ってみようね」と続けばパーフェクトだ。
まったく愛のない対応だったなー、あの頃から。
相当ショックだったのか、未だに食器を洗っていると「泡がなくなればいいと思ってるでしょう?」とどこかから言われている気になる。
そして洗い流す時、執拗にヨゴレが残っていないか確認してしまうのだ。
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もう一つ、これは20代後半、もう実家を離れて教員になっていたころ。
姉と姪と母が同居していた家に遊びに行って、夕食を私が作った。
サンマのみぞれ煮。サンマを三枚におろして、片栗粉をつけて揚げ焼きし、大根おろしを入れた煮汁でさっと煮る。
当時どこかで食べて気に入っていた料理だった。
母は青魚が苦手だった。それを知っていたから、「かーさんは食べなくていいよー」と私はあらかじめ言っていた。他にも数品作っていたし。
しかし母は「いや、せっかくだから食べる!」と妙に気合いを入れて一口食べ、私の目の前で吐いた。
…吐くくらいなら、食べなければいいのに。
せめて、私に見えないところ、トイレとかで吐いてくれればいいのに。
娘が作ったから苦手でも食べる、という「よい母」パフォーマンスをしたかったんだろうか。
これも、かなりショッキングな出来事だった。
それ以来、サンマを調理することにちょっとした抵抗感をもつようになってしまった。
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サンマで思い出したこと。
親友と同居していたとき、彼女がまな板も使わずに、サンマのお腹を包丁の角を使ってすーっと切り、はらわたを出して調理しているのを感心して見ていた記憶がある。
味噌漬けにすると保存がきくということも教わって、いちいち感心していた。
あと、白菜と豚肉だけでちゃちゃっと餃子を作るのにも感心したし、ちくわの磯辺揚げなどの揚げ物もいとわず作るのに感心した。
日常的にサンマを調理していた家なんだなー、手作り餃子が普通の家だったんだなー、揚げ物を面倒がらない家なんだなー、と思って感動した。
そういうことを、当たり前に親がやってくれていると、子どももそれが当たり前になる。
青魚は魚屋さんにさばいてもらって、サンマは塩焼きオンリーだった。
餃子はスーパーの冷食か、もしくは外食時に食べるもの。
揚げ物はお肉屋さんで買うもので、家で揚げるのはクリスマスか誕生日などの特別な時だけ。
外食が多く、「たまには家でお母さんの料理を食べたいなー」と思っていた記憶もある。
ウチはそういう家だった。
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大学時代アルバイトで家庭教師をやっていたお宅で、夕食をごちそうになるのが毎回楽しみだった。
そのお宅のお母さんは保育園の調理師をしていて、料理好きで手間をいとわない人だった。
手作りのドレッシングなんて、あのお宅で初めて食べた。野菜スティックにつけて食べるのが好きだった。
牛すじを煮込んだカレーとか、手作りのおやつとか、きちんと淹れたお茶とか…。全部美味しかった。
「うわー、なんですかこれ、美味しい!」と言うと、嬉しそうに教えてくれた。
にこにこしながら私が食べるのをながめ、「美味しい? 良かったー」というお母さん。
そのお宅には、娘さんが中1~3年の3年間、週3回くらい通った。
今にして思えば、自分の家では味わえない幸福な食卓で、幸福な時間だった。
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ウチの母の思い出を書いていたときは殺伐とした気持ちだったが、親友の話と家庭教師先の話を書いていくうちに心が穏やかで温かくなった。
食は愛だ。口内で味わうだけじゃない、心で味わってる。
今の私が食に興味をもち料理にはまっているのは、愛されなかった心を満たすためなのかもしれない。
また、自分の愛を表へ表現したいのかもしれない。
…なんてことを、考えた今日の日。

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コメント
この記事へのコメント
ツラい思い出なのに、読み手を引き込む文章力!普通にエッセイとして読んでしまいました。素敵な文章は読んでいて気持ち良いです。
2023/10/23(月) 07:43:14 | URL | ほっしー #-[ 編集]
ほっしーさん
うはー、過分なお言葉ありがとうございます!
文章力を褒めていただけるなんて、思ってもみませんでした。
昔から、佐藤愛子や向田邦子のエッセイが好きで読んでいたタイプなので、そんな風に言っていただけると素直に嬉しいです。
大人になると褒められるなんてこと、滅多にありませんし…すごく嬉しいですね(笑)。ありがとうございました。
2023/10/23(月) 20:50:25 | URL | べにお #-[ 編集]
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