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男らしさ・女らしさ
2009年05月08日 (金) | 編集 |
先日、テレビのバラエティで「男らしさ対決」なるものをやっていた。そこで、「男らしさ」「女らしさ」について考えてみた。

私の考える「男らしい男性」は、弱者に徹底的に優しいことが条件である。体力的に弱者である女性や子供、社会的な弱者である病人や若輩者、などに対して「最終的には自分が守る」という立場を貫く人物を、私は男らしいと思う。
この「最終的には」というところがミソ。ある程度までその掌で弱者を遊ばせてくれるような包容力をもっていなければ、男らしいとは言えない。
また「優しい」を勘違いされても困る。優しさとは厳しさである。本当にその人のためになることだったら、時には厳しい言葉や態度でも表さなくてはならない。それを躊躇していい人ぶるのは、優しさではない。
もちろん、女性や子供に暴力をふるうのは問題外。
繊細でロマンチストであることも、「男らしさ」の条件のようだ。

次に、私の考える「女らしい女性」とは、究極は母性であるように思う。どんな存在であっても受け容れて、決して見捨てることのない母性。「最終的にはいつでも私の所に帰ってきなさい」という立場を貫くのが、女らしい女性である。
ここでも「最終的には」がミソ。男性とはまた少し異なる包容力を、私は女性にも求める。
また、少々批判めいた口調になってしまうが、細かいことに口を出すのも「女らしさ」の一部のように思っている。見捨てない代わりに、相手の軌道修正をしたくなってしまうのだ。
図太さも「女らしさ」の条件かもしれない。私が女らしいと感じる女性は、大抵いい意味での図太さを持っている。

…と、ここまで書いてみて、「男らしさ」には自分の理想像を書いてきたが「女らしさ」は現実的だなーと思った。ひとえに自分が女だからに他ならない。女に関しては表も裏も見えているが、男に関してはまだ夢を見ているのかもしれない。

さて、私は女らしい女だろうか。残念ながら、NOと言わざるをえない。受け容れる母性は持っているつもりだが、現実的な図太さは持っていない。そういう意味では、男らしいとも言える。
しかし、私自身が「女らしい女」になりたいのかどうかというと、これも「?」である。
そういえば子供の頃、母親から「既成の『らしく』にならないで。あなたはあなたらしくあればいい」と言われたことを思い出した。
私は私らしく生きているだろうか。私らしくとはどういうことか。
人生80年の折り返し地点、そろそろそんなことを考えてもいい頃だ。
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