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いつの間にやら毎日更新。着物と猫と料理と映画&芝居&ライブ・ときどき旅をメインに、日々の記録を積み重ねています。
泣けた。
2019年09月26日 (木) | 編集 |
そんなわけで、今日は仕事を休んだ。
二度寝して、それでも4時間睡眠くらい。文化祭以降、あまり睡眠が上手くいってない。
それで今日は少しでも眠くなったら、ちょこちょこと眠ることにした。それこそ、床にごろんと寝転んで。
体は痛くなるけど、脳みそは少しスッキリする感じ。
昼頃に脳みそ病院へ行って、いつもの薬をもらってきた。
MAXで1日6錠までは飲んでいいらしい。
今4錠なので、しんどくなったらあと2錠は追加できると思うと安心できる。

おんちゃんがいなくなった我が家は、なんだか静かだ。
決しておんちゃんがウルサイ猫だったわけではないのだが。
しばらくの間は音楽を聴く気にもなれなくて、他の猫たちと会話をする気にもなれなくて、ほんとにしんと静まりかえっていた。
それも、家が静かだった要因。
いなくなってから気づいたのだが、猫たちのゴハンの合図はいつもおんちゃんだった。
おんちゃんが「なーーーん!(かーさん、ご飯です!)」と鳴くことで、他の猫たちも「メシだメシだ」とゾロゾロ現れ、私はエサをやっていた。
それが今は、おんちゃんがいないので、猫たちがゴハンの催促をしないのだ。
『あれ? 時間じゃん?』と私が気づいて、「ゴハン食べたいひとー! カリカリしたいひとー!」と声をかけて、はじめて猫たちがやってくる。
あらためて、おんちゃんはウチの大黒柱だったなぁ…と思う。

今日、iPodからこの曲が流れて、はじめて号泣した。
●生命線 うたった【SymaG】

おんちゃんは私にとって、ダンナで、彼氏で、息子だったのかもしれない。
声をあげて、子供みたいにしゃくり上げながら泣いたら、なんだか少しすっきりした気もする。
ちゃんと悲しまなきゃいけない。ちゃんと泣かなきゃいけない。
「ありがとう」の言葉で、自分の気持ちに蓋をしていてはいけない。
…と思った。

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たぶん。
2019年09月08日 (日) | 編集 |
たぶん、全然たいしたことなくて
きっと、誰も気にしていないことで
私だけが気にして
アタマん中で大騒ぎしてるだけなんだろう。

たぶん、大した意図もなく発した言葉で
きっと、深く考えずおこした行動で
私だけが気になって
ドキドキしてヒヤヒヤしてハラハラしているんだろう。

考えすぎの心配性
気にしすぎの自意識過剰
世界はきっとずっと優しくて
私ごときを監視して責めたりなんかしないんだろう。
世界からずっと監視されて責められ続けているように思うのは
私が欠陥人間だからなんだろう。

考えてもごらんよ、そこまで注目されるような人物か? 私が。
それこそ、傲慢で不遜な考えじゃあないか。
嫌われるのが怖くて、謙虚どころか卑屈になってしまったくせに
その結果が傲慢で不遜だなんて、笑える。

15の頃から唱えていた言葉は「楽になりたい」
誕生日のたびに日記に書いていたのは「来年の自分は今より少しは楽になっていてね」
あれから何十年も経った今、私は楽になっただろうか。

たぶん、全然たいしたことない人間で
きっと、誰にも気にされない人間で
100%わかってもらいたいなんて幻想は
抱くだけ無駄でありえないわけで
所詮ヒトは孤独なもんだ、なんてうそぶいては
淋しさに押し潰されそうになる
このめんどくささ!

寝よう。おやすみ。

…コメント欄クローズします。


9月。
2019年09月01日 (日) | 編集 |
ついに、9月になってしまった。
今日はどうにもドンヨリとした脳みそに。
仕事が始まる、と思うと…やっぱストレスなんだなぁ。
ただ、仕事が嫌だとか、やりたくないとかではなくて、自分を苛める方向に行ってしまうのが私なのだ。
なんか1日、チクチクと自分を責めて過ごしてしまった。
これはいつもの、「自己防衛」の作業。
自分であらかじめ充分自分を傷つけておくことで、外部から来る痛みに対する耐性をつけておこうというもの。
だけど、自分で傷つけている段階で心が疲弊してしまうのだから、なんの意味も無い作業といえる。
今日も、すっかり心が草臥れてしまった。
…学習しないな。馬鹿だ、大馬鹿だ。

昨晩の、島爺のYouTube生放送で心に残っている言葉。

●見られるのではなく、見る側になる。相手の目を見ると緊張しない。
 緊張するのは、自分の中で妄想が広がるから。緊張させているのは、目の前の相手ではなく自分。

…なるほどねぇ。たしかにねぇ。
自意識過剰だってことなんだよね。他人様はそこまで私ごときに注目なんてしていない、というのに。
未だに授業前には足が震えるほど緊張するもんなぁーーーー。馬鹿だ。

●後悔のない人生なんてない。だから後悔するのは無駄。
…そらそーだ。もっともだ。
だけど、昔をひっくり返して何度も何度も思い出してしまうんだ。そして自ら傷口を広げてしまうんだ。
無駄以外のなにものでもない。馬鹿だ、大馬鹿だ。

●人は生まれる前、母体の中でもの凄い量の情報を遺伝子に書き込む。生まれてから書き込まれる情報の量なんて微々たるモノ。だから、生まれたらただ生きてるだけでいいんだ。
…そうなんだ、へー。
でも、ただ生きるってのが、どうにもこうにも苦しいんだ。とっとと楽になりたいんだ。

じぃちゃんの言葉はいつももっともだ。
もっともな言葉にハッとして、うんうんと頷くことが多い。
けど、たまに、もっとも過ぎて心にグサッとくることもある。
頭ではわかるんだけど、心ではそうできない自分がいるから。
そっかー、健康な人はそういう思考をするんだ。
普通の人はそういう行動をとるんだ。
そう感心して、不健康で普通じゃない自分を淋しく感じる。
今、私は淋しい。誰ともつながっていないように感じている。
つながれないのは周囲のせいじゃなく、自分がオカシイからで、自分が悪いからで、自分が普通じゃないからで、
でもそれで淋しくて苦しいなら自分が何で生きているのか分からない。
欠陥品はリセットさせてもらえないもんか、と思う。

…と、こんな風にぐるぐると無駄で不健康な思考をして、自らを切り刻んでいるわけである。
薬、増量して明日に備えるか。

じぃちゃんのこの歌聴いて泣いている。
●生きろ うたった【SymaG】


コメント欄、クローズします。

飲んで来た-。そして考えたこと。
2019年08月11日 (日) | 編集 |
えー昨日は久々に親友と飲んで参りました@新宿。
いろんなビールを飲み放題、ジンギスカンを食べ放題…という、20代男子のような飲み会でして(笑)、たらふく飲んで喰ってきましたとも!
親友とサシで飲むのは結構かなり久しぶりで、あれも喋ろうこれも喋ろうなんて考えていたのだけど、いざ対面すると「美味しいね-!」くらいしか言葉がでないというのも可笑しなもんだ。
そのうち懐かしい話にもなり、一緒に暮らしていた20代終わり頃のことを思い出したり、さらに昔の大学時代の劇団バナシなんかにも話題が移って、ともに過ごしてきた時間を改めて振り返ると、ホントにこいつとの出会いは僥倖としか言いようがないと思った。
3時間ほどくっちゃべったあとは、1時間限定でカラオケへ。そうそう、同居してた頃よく歌いにいったよねー。
私は相変わらず、島爺だのEveだの米津さんだのを歌っていたのだけど、親友がボカロ曲にも通じていたということを知ってビックリしたさー。あら、私がハマったのはつい最近だけど、いつの間に…!
最後のシメは、アニメ幽遊白書のマニアな曲をデュエットで。これ、我々の定番(笑)。
同居して一緒に幽遊白書を観ていたころ、親友は「いつか声優のお仕事をしたい!」と言っていた。
当時はまったくそんな仕事はやっておらず、夢物語のような希望だったのだが…紆余曲折を経て、なんと最近の彼女は声優の仕事をメインとしてやっているのだった。
そして私も、中学時代に「母校で国語の教師になりたい!」なんて夢物語を描いていて…紆余曲折を経て、実際に母校の国語教師になって早20年を超えた。
願いって叶うもんなんだなー、と自分と親友の体験から思う。
親友:「だからさー、べにおも生徒さんに『願いは叶う』って言ってあげてね」
私:「ホントだよね。願ってれば、結構叶うもんだ」
親友:「願うことから諦めちゃうなんて、もったいないから」
…うん、その通りだ。

最近よく耳にするのが、「夢を持って挫折するのがいやだから、夢を持たない若人」という話。
ここひと月くらいで、学年主任から、同僚から、島爺から、親友から…と、アチコチからそんな話を聴く機会があった。
傷つくのがコワイから、失敗するのが嫌だから、やらない。
笑われるのが嫌だから、恥ずかしい思いをしたくないから、夢をもたない。
どうせ願いなんて叶わないんだから、とハスに構えて低い熱量で生きる。
以前「歌い手になりたいけど、歌唱力はどうやって身につけるのか。努力なのか、才能なのか」というリスナーからの質問に、じぃちゃん(=島爺)が言っていたのが、「才能がないから…って考えるくらいなら、それだけのことなんやろう。才能とか考えんで、好きやからやる、やらずにはいられないっていうならやったらええ」。
この言葉に激しく首肯してしまったのだよ。
リスナーさん(おそらく中高生くらいの年代だろう)の気持ちも分かる。けど、ここでじぃちゃんに「歌唱力は才能やなぁ-」って言われて願うことを諦めるんなら、それは確実に叶わない願いになる。
なんだろうなー、「確実な未来」や「正解」がないと進めない・進んじゃいけないって思ってるってことなのかなぁ。
だとしたら、それは親友言うところの「もったいない」だと思う。
もちろん、願い続けたからって全ての願いが叶うわけじゃない。そんなの当然だ。
だけどその過程で得ることは凄く多いし、その経験は絶対無駄にならない。
最短で無駄のない人生を送りたい、って思ってるのかなぁ。
ウチの父親が言っていたので今でも心に残ってるのが、「どんな経験だって無駄にはならない。だから何でも経験しろ」って言葉だ。彼はそのポリシー通り、いろんな経験をさせてくれた。
半世紀生きてみて、その通りだなー、無駄な経験なんて1つもないなー、と実感する。
ついでに言うと、「願いが叶ったらゴール」じゃないから。
叶った先でツライ思いもするし、シンドイことも沢山あるし、挫折も沢山味わうさ。
ウチの親友なんて願いが叶って声優になってから、心労で何度も円形脱毛症になってるよ。
私だって願いが叶って母校の教師になってから、精神を患って定期的に苦しんでるよ。
そんでも「かつて願ったことが叶ったから今がある」って思えるのは、すごく心の拠り所になるってのも分かってる。
シンドイけど、苦行だけど、なかなか悪くない人生なんじゃん?って思える時がある。
それは、荒唐無稽かもしれない「願い」を願ったから…なんだよなー。
願うことを諦めないで。
これは、若人たちに言い続けていきたいと思った。

…なんでしょうな、さんざん飲んで酔っ払ったくせに、真面目か!(笑)

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壊れちゃえばいいのに。
2019年07月19日 (金) | 編集 |
いやだいやだいやだ。
めんどうくさい。
明日が来るのが。
生きているのが。
今すぐに壊れちゃえばいいのに。
バカになって宙を舞いたい。
何も分からなくなればいいのに。
全ての物事に目を塞いで耳を塞いで口を塞いで。
心を閉じて。
硬い殻に覆われて丸まってすごせたらいいのに。
外部の刺激は強すぎて柔な心じゃ耐えられない。
柔な自分が悪いんだろうけど。
ダンゴムシになりたい。
アルマジロになりたい。
ハリネズミになりたい。
ダイオウグソクムシに…もういっか。
もういーよ、こんなの。
終わらせてくれよ。
いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ。
明日目覚めなければいいのに。
嫌いだ嫌いだ嫌いだ。
壊してしまえたらどんなに楽だろうか。
あーーーーーもう嫌だ。
勘弁してくれーーーーーー。

薬を追加して寝る。
それしかないんだろう。